風流(ふうりゅう)は、自室のベッドに力なく身体を投げ出して、億劫な気分を隠しもせずに口を開く。
「……で?」
「はい、的場屋(まとばや)からのご依頼で、宵祭りの間、香籠(かごめ)にお社の守りをお願いされたそうです。奇跡屋の領分なら、同業の私がご送迎にあたるのが宜しいだろうと」
「うん、で、何で僕が浴衣を選ぶって話になるのさ、万化(ばんか)」
丁寧に過ぎるくらいの、落ち着いた説明。それを一通り聞いてから、風流は改めて胡乱げな視線を投げた。
ベッドサイドで正座して微笑む万化に、寝転がったまま顔だけを向ける。
「正直、ほんと出歩きたくないんだけど」
「はい」
応じて、万化がほんの少しだけ、眉尻を下げる。
「お疲れなのは分かってるんですけれど、その……」
「うん?」
「……もとが、先日の特区の件からきているそうで。私が抜けた穴を埋めるのに、皆様にはご迷惑をおかけしてしまいましたから」
「……うん、ていうかそれ、そもそもは僕が死んでたせいだしね?」
返すと、困った顔が更に悪化した。気づかないふりをして、風流はさらに続ける。
「大体、僕が死ぬのも万化が身動き取れなくなるのも、時期的に余裕で見越せる事態だから。むしろ忘れてたとか有り得ないよね、特に香籠。彼が絡んでたなら予測済みだったと思っていいよ」
「それは……そうなんですけど」
何も万化が責任を感じる必要など、ないのだ。
原因は、といえば風流。何か対応をしくじっていたとしたら、責任は香籠あたりに行くだろう。
しかし、案の定というか何というか、万化は割り切れない様子で言葉を探している。
「――出るのは、いいとして。何で浴衣?」
諦めてため息まじりに確認すると、一瞬、万化が言葉に詰まった。
「……ええ、と。はい。その……」
「…………」
言いよどんだ先を、無言で待つ。
珍しく視線を外して、万化が心持ち下を向きつつ、答えを告げた。
「香籠をお送りした後に、帰るまで会場を回って時間を潰しておけばいい、と言われて……その、何か起きた場合も考えると、近場で待機していたほうが安全ですし」
「……うん」
「どうせなら浴衣を着て、楽しみなさいと。着替えは、道場がありますので、更衣室も使えるそうで」
「うわあ。分かった」
のろりと片手をあげて続きを制し、そのままぱたりと腕を落として目許を覆う。
「うん、分かった。それで出歩くなら僕も浴衣でって事だよね、それ。香籠だよね」
「……はい。その、やはり……駄目でしょうか」
「……あー……」
「姿の方は、能力で誤魔化しておくようにと、許可を頂いたんですけど……」
「まあ、そのくらいは見越してるよね、香籠だし」
浮かぶのは、謎の圧迫感をまとった香籠の微笑。
振り返ってみれば、随分と好き勝手な振る舞いをできるようにはなったが、あの相手に真っ向から喧嘩を売るほど馬鹿にはなっていない。
万化にしたところで、香籠に対する心情は風流と似たり寄ったりだろう。断れと強いるのは気が引けた。
「…………」
「…………」
「……万化、着付けって出来たんだっけ?」
「あ、はい。……私はどちらかというと、そちらのほうが馴染みの深い育ちですし」
「あぁ……そうだっけか」
漏れ聞いた素性を思い出して、そういえば、と納得する。
つまりは本来、着物のほうが落ち着くという面もあるのだろう。わざわざ浴衣を指定した香籠の意図は、想像がついた。
「……風流?」
窺うように名を呼ばれて、観念する。
「いいよ。採寸だの何だの言われたら冗談じゃないけど、既製品をちょっと着るくらいなら付き合う」
「……いいんですか?」
「ここでごねた挙句、君を使い走りに立てて断るとか、どう考えても死ぬよねそれ。社会的にか物理的にか、どっちになるかは微妙だけど」
「…………」
嘆息して伝えれば、沈黙が暗に同意を示した。
色の好みなどを幾つか話して、後の選定は丸投げする。万化と香籠が用意するというのだから、まあ妙なことにはならないだろう。
「まあ君の好きなようにして、適当でいいよ、僕の方は」
「はい」
最後に付け足して、帰る万化を送り出す。
相手はいつも通りに丁寧な返事で応じて、けれど、いつもより幾らか楽しそうに笑った。
「……着物で出掛けるとか、いつ以来かなー……うわぁ、面倒くさ……」
ぼやけば、なだめるようにまた笑われる。
「慣れれば着物も楽ですよ。浴衣ですし、そう気を張らずに楽しみましょう?」
「楽しむって言ってもさぁ……なに、この歳で綿あめでも食べろって?」
「ああ、綿菓子。ありましたね、まだ売っているんでしょうか」
「……あるんじゃないの? 子供は好きだからね、甘いもの……飴だのチョコだのさ」
「チョコ? チョコレートも売ってるんですか?」
「なんかあった気がするけど……うんごめん適当に言った、よく覚えてない」
「では、探してみますね」
首をかしげて、普段の落ち着いた様子とはまた違う、おっとりとした気配で万化が応じる。
だいたい二十をいくらか過ぎた頃に見えるが、そうして笑うと幼さが目立った。
――ああ、確かに背伸びを続けて生きるのは、息が詰まる。
お互い、夏祭りなど碌に行っていなかったのだと思い当たって、風流は心中で息をついた。
「では、失礼します」
いつも通りの挨拶。
それでも、そこに少しの違和感を覚えて、風流は呆れたように小さく笑う。
「うん、じゃあまた、当日に。……チョコの何か、見つかるといいね?」
「は?」
虚を突かれた万化が一度またたいて、微笑んだ。
「――はい。宵祭りの日にお迎えにきますので」
「……うん、まあ、よろしく」