古めかしく仰々しい、厳めしく美しい扉。塗装は剥げ落ち錆を纏い、だが目を奪う精緻さだけは、時を経た今も一片の瑕疵さえない。
蔵にしては華美、住まいにしては厳峻…そんな様相にいくらか気後れしながらも、新たな書架への道に対する好奇の思いには抗えない。仕方ない、それが『此処』だ。
錆ひとつさえ損なってはいけない気がして、そっと、そうっと、指先から触れてゆく。取っ手のない構造に戸惑いながら、押すのか、引くのか、薄く力を加えながら探ってみると、不意に手に返ってきていた反発が消える。
予兆は絶無、音一つなく……開こうとしていた扉の先に、抜け出していた。
空、空、空。
空(から)の空間に空(くう)と空(そら)がふわりと満たされ、空の部屋には、天井近い場所の格子窓から、光の彩虹が落ちている。
ベルベットだろうか、乗せた足先がふわりと沈み込む床の感触に、思わず進めかけていた足を引き戻す。
……書架は、なかった。
ただ、かつての名残か、書架としての意地か矜持か。
降り積もる彩虹はつかの間、うっすらとした破片にいつらかの書の影を映してから、そうっと絨毯に受け止められては砕け、消えていく。
ああ、どうしてこう──焦らすように、試すように、この場所はこうして彷徨う書痴に歯噛みをさせる。
戻って入ってきた扉を開けると、廊下だった空間は夜のテラスへ置き換わっていた。
無人のテーブルにカンテラが一つ取り残されて、離れて置いてある書物をゆらゆら照らしている。その装丁はさっき届かず諦めた本によく似ていた。そっと触れる。
天鵞絨の表にタイトルはなかった。まあそれも、ここではよくあることだった。
蔵にしては華美、住まいにしては厳峻…そんな様相にいくらか気後れしながらも、新たな書架への道に対する好奇の思いには抗えない。仕方ない、それが『此処』だ。
錆ひとつさえ損なってはいけない気がして、そっと、そうっと、指先から触れてゆく。取っ手のない構造に戸惑いながら、押すのか、引くのか、薄く力を加えながら探ってみると、不意に手に返ってきていた反発が消える。
予兆は絶無、音一つなく……開こうとしていた扉の先に、抜け出していた。
空、空、空。
空(から)の空間に空(くう)と空(そら)がふわりと満たされ、空の部屋には、天井近い場所の格子窓から、光の彩虹が落ちている。
ベルベットだろうか、乗せた足先がふわりと沈み込む床の感触に、思わず進めかけていた足を引き戻す。
……書架は、なかった。
ただ、かつての名残か、書架としての意地か矜持か。
降り積もる彩虹はつかの間、うっすらとした破片にいつらかの書の影を映してから、そうっと絨毯に受け止められては砕け、消えていく。
ああ、どうしてこう──焦らすように、試すように、この場所はこうして彷徨う書痴に歯噛みをさせる。
戻って入ってきた扉を開けると、廊下だった空間は夜のテラスへ置き換わっていた。
無人のテーブルにカンテラが一つ取り残されて、離れて置いてある書物をゆらゆら照らしている。その装丁はさっき届かず諦めた本によく似ていた。そっと触れる。
天鵞絨の表にタイトルはなかった。まあそれも、ここではよくあることだった。