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遠い遠い、昔の話。
世界は今より穏やかで、その中心にはひとつの<庭>があった。
<庭>に座するは、唯一無二にして不可分の、極みに立つ者たち。
一人は翼持つ大いなる鳥。
気紛れで快活、よく笑い、よく怒る、火と風とを支配し庇護するもの。
一人は水脈(みお)導く大いなる海蛇。
生命の命脈たる水を司り、煮え滾ることも凍てつくこともなき中庸のもの。
一人は地と木々に連なる大いなる樹。
落涙も凍る凍土を統べ、しかし同時に、実り多き幸いを静かに望む静謐のもの。
<三極>の、その蜜月は、永久に続くと誰もが疑わず――。
風もなく揺れた木漏れ日に、枝へと触れた者がいることを察して、<大樹>は頭上を向いて声を掛けた。
「……イグ?」
呼びかけに応え、いっそう大きく木々が揺れる。
「コード!」
返事とほぼ同時に、満面の笑みを浮かべた<翼鳥>が落下してきた。
<大樹>が腕を差し伸べるより僅かに早く、ふわりと背に淡く揺らめく翼をはばたかせ、<翼鳥>は地へと降り立つ。
伸ばされかけた手に気づくと、嬉しそうに身を寄せた。
「んふー」
「……いきなり飛びつくなと、言っているだろう……」
「コードが見つけて呼んでくれたから、嬉しくなって、つい」
「…………」
「……お、おこった?」
「……いや」
沈黙に、笑みを引っ込め、一転して不安げな問いをしながら眉を下げ、しかし、返された否定の一言にまた顔を綻ばせる。
よく変わる<翼鳥>の表情に内心で少し笑いつつ、<大樹>は小さな溜め息とともに、言葉を継いだ。
「呆れて、いる」
「っ!?」
途端に慌てだす<翼鳥>は、あたふたと目を泳がせ、口を開け閉めし、また眉尻を下げて、それからほんのり、涙目になる。
「…………」
「……あう」
……そんな、どうということもない、些細な日常が永遠に――それこそ世界が終わるまで、続くと思っていた。
迷いは刹那。いままで常に、自分は「なんとなく」としか言いようのない、確信のような、直感的な感覚に従って、逡巡を振り払ってきた。
今回のこれも、ならば同じ。
倒れるセイバーに目を向けて、短く喉から呼気を押し出すと、『わたし』はプロセスの優先度を大幅に切り替えていく。
感情類推、表情の調整、願望の読み取りとミラーリング……それらの対人項目を次々に落とし、空いた演算領域に高速で情報を流し、差し込む。
各員の配置、得物の有効射程、手持ち戦力の損耗具合と稼働率。
「マ…スター」
膝を突いたサファイアのセイバーがわたしを呼ぶ。
「うん」
短く応答して、ターゲットから距離を稼ぐように指示。
「下がって。ここまで射線を通してください」
言い捨てるようにそれだけ告げて、『わたし』は、さらに演算領域を絞り込んだ。
ターゲット…犬とも狼ともつかない巨躯の星喰い。
それだけを、演算領域に取り込んで、見据える。