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その子供はある時に無から生まれた。魔力、と呼ばれる力が、歳月を経て形を得たのだ。ぼんやりと世界を眺めていたのは、どれほどの間だったろうか。長い揺籃の時代の後に、魔晶、と呼ばれる種族として存在を確かにした日、その瞳には漆黒が宿っていた。
髪は白刃のような灰銀色。本来その色に付随するのは、雪白の青、淡い碧眼のはずだった。それは世界が定め、世界の中に在るものたちが「揺るがない法則である」と認め、ほぼ強制的に顕れる、契約のような、認識の枷。
生まれながらに枷を破るほどの、底知れない力を携えて、その子供は、顕現した。銀の髪に黒の瞳、有り得ざる幻想の魔物として。
その頃はまだ、正しく『子供』であったその『魔』は、ほどなく己の異端について知る。同族からの、度重なる排撃の解が、その瞳に象徴される、天与の力への恐れと、枷の存在を揺るがす事実への嫌悪らしい、と。
そうして、子供はいつしか、銀魔、と呼ばれるようになった。排撃に倦んで、散々に暴れたうえ、開き直り居直った挙げ句に、愉快犯じみた性質を確定させた末のことである。
その核にあるのは、とある契約を刻んだひとつの名だ。何人にも捕らえること能わぬものを意味する、古い慣用句。月に住むという幻想の存在がまとう羽、LunaRifElRoovice.……すなわち、なにものからも『自由』であれ、という、呪いと祝福が、銀魔、いまはルナと名乗るそれを、それとして定義している。
伽羅真鳥比売……唐の、いつくしき鳥の姫。単に真鳥と呼ばれることもあった。天帝少女。姑獲鳥の姫君として知られる女の、忘れ果てられて久しい名。
真名にも近いそれを口にして、男は形ばかりの笑みを向ける。
「お前も、あの女童も、流石に哀れが過ぎようよ」
常ならば、捨て置いた。歪み、腐るのも、また自由であり、帰結のひとつとしては妥当だと思ったろう。
数えるにも多すぎる人の末期を見届けて、少なからぬ霊異を看取り、天地にも聖俗にも上澄みを掬うように関わってきた。諦念、あるいは達観が染み付いて長い。
それでも僅かばかり、知己の有様に苛立ちを覚え、言葉に毒を含ませたのは、ある意味で同胞である『越境者』への、執着か。
目の奥、頭の芯で影が揺らめく。
「手を、離せ。そのまま無様に情を履き違え、諸共に果てるが本望か?」
遠く、いまひとりの己が苛烈に笑う気配を感じながら問い質すと、女は息ひとつを零した後に吐き捨てた。
「……腹立たしい。貴様、そうしてみると、よう似ておるわ。鬼の子は人に交じろうともやはり鬼じゃの」
幾度か聞いた、慣れた恨み節。目を細めて、男は今度こそ、確と笑む。
それでいい。
益体もない情に溺れ、らしくもない末路を辿って屍を晒すくらいならば。
互いにこのまま、変わらぬ態でいよう。