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青年はずいぶんと古い時代、とある花街で生まれ育った。と言っても、ただ紛れ込むのに都合が良かったからで、親も自分もそちらの稼業とは縁遠く、時に香や薬を卸すなどしていたくらいだったのだが。
片親のそもそもは常世の生まれでさえなく、もう一方もまた、常人と言うにはいくらか難儀な生まれつきで、だから青年の幼少期もまた、今にしてみれば大概に妙なことになっていた。
それでも青年の育った境遇はそれなりに幸福であったし、愛憎、悲喜、そんなものが飛び交う街の有り様は、彼に常世への好奇と好意を抱かせるに足りるものだった。なので結局、青年は早々に見送ることとなった亡父の墓などを守りつつ、今も常世で暮らしている。
気付けば、人の身で数えられる齢はとうに過ぎている。自分のそれを数えるのも、随分と前に忘れるようになっていた。なんとなく、睡蓮の頃の生まれだったような覚えはあるが、それも今では些末事だろう。
店を変え、時には土地も変え、それなりに楽しく青年は暮らしている。
香(かざ)、と正しく彼の名を口にするものは随分と少なくなったけれど、その分だけさまざまな名で呼ばれるようになった。
それは青年の辿った道筋の証のようでもあるから、これはこれで悪くない、と思うのだ。
生まれ落ちてより幾年、童子は知らず知らず冷め切ってゆく己の心には気付かずにいた。
魔、戦う力なき民草を踏み荒らす、尋常ならざる敵対者……そう目される存在と、渡り合い、時に滅し合う、その役目に、己が疲弊し、鬱屈を溜めていると自覚したのは、もう更に幾らかの四季をまたいだ果てのこと。
少年となり、ほどなくして、その身に月宮の立場が負わされることとなったのは、当然の流れ。少年はまだこの時には、煩わしいばかりの重荷をまだ、己が果たさねばならぬ、当たり前の役割であるとしていた。
…削れ、疲弊し、磨耗していくその心に、気負いなく触れてくる相手もいるのだと知るまでは。
伝統、慣習、因業、保身。しがらみに飼い慣らされた世界で、しかし、少年に手を伸ばし、ねぎらい、そっと撫ぜていく指先があった。
その手が、なんの気紛れによって伸ばされるのか、なぜ自分だったのか……青年の域にさしかかり、ようやく答えまで辿り着いた時、彼、貴夜は── 因習の死を願った。
そうして、貴夜── 縛魔、と畏敬され呼ばれる血族の、もっとも尊ばれ畏怖されてきた月宮の末代となった彼は、己が役目と血族の歴史、すべてを終わらせることにした。
ああ、やはり『此処』には虫酸が走る、と凍てつく瞳に弧を描いた唇で、呟いて。
貴夜は正しく因習因業を破綻させ、微塵の憐憫もなく旧態に縋るものたちを追い落とした。それは縛魔という一族にもたらされた解放と瓦解。
── 縛魔は、潰える。そうして、ようやく……貴夜は、あの日の手を、掴んだ。一族の重ねてきた歪な歴史の、その最たる象徴とも言うべきその人の、手を。