愛しているから、この手を離そう。
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茜色の空の下、鮮やかに燃える曼珠沙華の海に、その子は眠っていた。
「……かみさま?」
ゆるりと開いた色違いの目がこちらを向いて、それはそれは愛らしく瞬いたその日のことを、まだ鮮明に思い出せる。
「かあさま」
「そうよ。いい子ね」
神ではなく母だと教えれば、戸惑った様子で、それでも素直に求めへ応じた。
いい子、と繰り返し笑みかければ、次第にこちらの顔色を窺う様子は薄れていった。
撫でる手や呼ぶ声にどこか萎縮していた顔には、日が経つにつれ笑みが増えた。
――私たちは、幸福で完璧な母子だった。
なんの罪もないまま、ただ少し瞳が変わっていたというだけで、忌諱され、否定され、花に隠れて泣いていた、憐れな娘。
その手を『母』である私が取り、子として迎え入れ、育てる事は、ごく当然の話だったのだ。
「手を、離せ。このままでは憐れが過ぎよう」
「出過ぎたことを。なんの訳あってお前が我らの縁に口を差し挟む」
「……目を、逸らすな。真鳥の。お前がこのひずみを見落とすものか?」
「…………」
真鳥姫、伽羅の大鳥、あるいは、姑獲鳥。
人ならざる身を、みなはそう呼ぶ。
そう。
人ならざるものが、人を育て、慈しみ、側近くに留める……その終着は。
「あの娘はお前に近付きすぎた。娘として、娘であろうとするあまりに。諸共ひずみに落ちて壊れる事が本懐か」
「戯れ言を」
言下に返せば、気配が僅かに軟化する。
「あの子は愛しい娘、その破滅を望むなど、如何なる仕儀であれ許せるものか。香屋の。その口、流石に過ぎようぞ」
「ならば、選ぶことだ」
「……母様?」
「……大丈夫よ。お前が憂うものなど、ここには何もありはしない」
そっと娘の頬を撫で、そうして私は、その指先を、つ、と握った。
――そうだ。そうでなければ、ならない。
私は『母』であるが故に。
けれどせめて、今だけは。
この瞬間だけはまだ、母として笑いたい。