gottaNi ver 1.1


【……まさかとは思うけど、Joint Chiefs of Staffかな。統合参謀本部。】
「ぶっ」

04.

 ぴ、ぴ、とパソコンからの通知音が部屋に落ちる。

【……まさかとは思うけど、Joint Chiefs of Staffかな。統合参謀本部。】
「ぶっ」
 新しく表示されたメッセージを読んで、ヨリは口元に運んだコーヒーを遠ざけた。
【それはないだろ。
 いや、某合衆国の軍事が株式会社化されたんなら無いとは言い切れないけど】
【国防の中枢を民営化するような国じゃなさそうだけどね、あそこは。
 JCS、か……その略称だけだと、流石に該当企業が多すぎて特定は無理だね】
【だよなー。どうとでも解釈できそうな略称だし】
 PCのモニターに弾き出される文字列を追いつつ、彼は手にした紙片を所在なげにひらつかせる。
 我知らず長々と嘆息してから、紙片の印字内容を打ち込んだ。
【株式会社JCS、関東第二セクション】
 訳の分からない一日のシメに出てきたのが、その名刺である。

【……業種とかの説明は一切書いてないし、それどころか所在地もないって、これ、会社の名刺としてどうよ】
【社名と部署だけ?】
【あと電話番号。
 番号からして、明らかに携帯電話のだけど】
【せめて固定電話なら、市外局番もあるし絞り込めたかもしれないけど、携帯電話じゃ難しいね。
 まあ、どこの会社にしても、黒い外車で略取誘拐に勤しむのは徹底的におかしいけど。
 しかも目撃者を無事に帰した挙句、自社の名刺を渡してくって、奇怪もいいところだと思うよ】
「だよなぁ……」
 思わず声に出して同意したヨリであった。

 落ち着くために改めてコーヒーを飲んでから、画面越しに、昼の件に軽く恨み言を漏らす。
【そっちからのメールだけで軽くぶっ倒れそうになったのに、挙句に謎の会社が乱入だろ?
 もう何に対してどこから突っ込めば良いのか分からないって】
【ああ、あれはごめん。下手に長文の説明を送るのもどうかと思ったんだけど】
【確かに読むのに時間がかかるし、急ぎの用件なら長文メールを躊躇うのは分かるけどさ。
 あれは簡潔すぎ。や、気を回して警告してくれたのはありがたいと思ってるよ】
【事件の方を追いかけてたら、ちょっと宗教法人にぶつかってね。
 善行を積み重ねて人格・霊性を向上させれば、高次へシフトして現世でも死後でも良いことがある、だから積極的に人助けをして世の中を変えていくべきだ、って系統の、教義自体は珍しくない団体なんだけど。
 高次へのシフト、がね。守護天使の導きで、天使の階層に近づけるとか、そういう話になっているらしくて。
 告死天使云々も考えると、灰奇談が絡む可能性もあるかと思ったから警告したんだよ】

「…………」
 ヨリの脳裏に、チナミからの情報がよぎった。
 しばしの逡巡を挟んでから、名刺を手放して携帯電話に持ち替える。
【あー、uqi?】
【なに?】
【守護天使、魂の自分磨き、リトルサンクチュアリ で何か関連あったりするかな、その宗教法人】

 返答は、この相手にしては珍しく遅かった。ほぼ常にタイムラグなくメッセージを返してくる分、他の相手とのやりとりよりも間が長く感じる。
【守護天使は割合どこでも出るし、魂の自分磨きも言い換えれば自己鍛錬な訳で珍しくはない、かな。
 ただ、リトルサンクチュアリまで出てくるとなると、ビンゴだと思う】
「……っ、あー……」
 思わず、ほんのり絶望色を帯びた呻き声が漏れた。

【ひょっとして、もう深入りしてる?
 ヨリは神秘学系メインで追いかけてるみたいだから、宗教系とはしばらく接触しないんじゃないかと踏んでたんだけど。
 オフラインじゃ神秘学のほうもそんなに触ってないのかと思ってたし】
【あー、うん、その認識は間違ってないんだけどさ。
 ちょっと、そっちに巻き込まれたっぽいのがいるもんで……】
 手にした携帯電話の画面には、チナミから飛んできたメールが表示されている。

 謎の黒服が懐から取り出した名刺を握らせて立ち去ってからしばし後、見るからにあわあわした文面で届いた報告書とも詫び状ともつかぬ一通は、彼女らしからぬ単語のオンパレードだった。

【巻き込まれた”っぽい”?】
【魂の自分磨きの成果で守護天使様にお会いしたんだと言い張られ、リトルサンクチュアリとやらでお茶する羽目になりましたごめんなさい】
【は?】
【……っていうような内容のメールが。うっかり。いま手許にあったり。】
【あー……。それは、大当たりじゃないかな、多分】

 ああ、何となくそんなような気はした、うん。

 心の中で空しく呟き、今度は意識的に盛大な溜息を零す。
 少し間をあけて、ぴぴぴ、と連続した通知音。画面へ、一息に情報が書き込まれた。
【団体の名称はサークルオブベネディクション。
 circle of benedicton で直訳だと祝福の輪、かな。
 さっき説明した通り、善行を積んで徳を上げると、いずれ守護天使に選ばれて高次へ導かれる、というのが教義の概要。
 祭事や戒律に煩くないのと、守護天使の存在を重要視すること、その辺りで若年層に受け入れられてる。
 で、各地に喫茶室を設置して入会者同士やその友人との交流を促進、ユーザを広げてるみたいだね。
 その喫茶室、もしくは団体施設そのものの通称がリトルサンクチュアリ】
(うん、すげぇどっかで聞いた名前だわ、それ)
 口には出さないまでも、今度ははっきりと言葉にして脳内で嘆く。
【うわー、ビンゴだなー、どう考えても】
 力なくキーボードを叩いて返事を打ち込むと、同様に気の抜けた応答が戻ってきた。
【うーん、ビンゴだろうね、どう見ても】

 デスヨネー。

 自分も自分で妙な団体に捕まったわけだが、どうやらチナミは、それを上回るがっつりさで渦中の相手に捕まったらしい。頭痛を覚えて、ヨリは軽くこめかみを押える。
 回線越しではそんな様子など伝わらないので、画面には淡々と情報が追加されていっていた。

【制度としては正会員と準会員がいて、サイトの有料ユーザと無料ユーザに近い関係になってる。
 正会員のほうが絡んでるとちょっと嫌なんだよね。
 この団体の上に某教団がいるみたいだから、そっちが出てくるかも。
 ちょっと前に街頭で袋を配ってた青装束の集団がそれなんだけど】

 最後の一文に、いつぞや見かけた与太話を思い出す。

【あー、ISPがルーター配ってるのかと期待したらビックリ宗教本だった、って?】
【そう。あのスレッドも何でまたISPがルータ配ると思ったのやら謎だったね】
【てか何で青なんだろうな、フツー白だろ宗教団体なら】
【時期がサッカーで盛り上がってた頃だから、っていう説があったよ。
 実際は上位組織の関係じゃないかな。私たちの青い星を愛と信仰で救いましょう、とか知ってる?】
【げ、あそこの下部組織? どっかの国でダイビングツアーの船に爆竹投げ込んでた?】
【ダイビングツアーをひとつ妨害したところで、大したエコにはならないと思うんだけどね。
 あと、水族館のアザラシを各地の河川に放流してるって都市伝説にもなってたよ】
【なるほど、だから一時期あちこちの川でアザラシが見つかってたのか(笑)
 話がでかくなってきたなー、国際的組織が相手か……】
【いや、流石に出てきても青装束までじゃないかな】

 脱線し始めた話はその後、服の色から派生して、シンボルと色、象徴的意味などという辺りまで続いて、結局いつも通りの謎講義になってしまった。
 最後に引き続きの情報提供を頼んで、通信を切るとパソコンを落とす。

 洗い物、戸締りの確認、洗濯と簡単な掃除。
 すっかり慣れた一連のルーチンを消化し、布団に入ると、押し付けられた件の名刺を眺め直す。

 株式会社JCS、関東第二セクション。
 会社の住所も、サイトのアドレスも、何もない、不親切すぎる名刺だった。
 記載された唯一の連絡先は、エリアチーフ、という名称に続けて書かれている携帯番号。

 思い返しても、とにかく謎、としか結論が出ない。

 事態についていけず、無言で立つばかりだったヨリにそれを握らせて、謎の黒服たちはしれっと解散した。車は何事もなかったように走り去り、後から現れた二人組は、うさんくさい……というか、得体のしれない、にこやかな顔で一礼して、どこかへ歩いていってしまったのだ。
 さすがに、それを追いかけて、行先を確認する度胸はない。
 結果、わけの分からない謎と、名刺だけを持って、とりあえず帰宅する羽目になっている。

(つーか、考えるだけ無駄……だよな、今は)

 頭の中で呟いて、袋小路に入り込んだ思考をだいぶ強引にシャットダウン。
 名刺を放り出して手に取った携帯の、チナミからのメールに添付されていた、この上なくイイ具合の土下座写真に何とも言えない気分になって、まあ、あいつはとりあえず明日シメよう、と決意をいっそう強くしたヨリである。

 いろいろと濃すぎる一日だった……と、今日だけで何度目になるかの、深いため息をまたひとつ吐いて、彼はひとまず眠りに落ちた。

 ***

 夢を、見た。

「――ねえ、あそこ。なぁに、あれ」
 きょろきょろと、物珍しさで落ち着きなく移動していた視線が、ふと止まる。繋いでいた手を引き、浮かんだまま口にした疑問。
 けれど、期待とは裏腹に、答えてくれる人はいなかった。
「あら、なぁに? ……なんにも無いわよ?」
 少し首をかしげて、そんな返事をされた、ような気がする。

「あれは?」

「あそこの、なぁに?」

 重ねた問いかけにも答えは返らず――苛立った声ばかりが記憶に残り始めたのは、いつからだっただろう?

「……あそこって……なんにもないでしょ。気のせいよ。いいわね?」
「でも……」
「馬鹿なことばっかり言ってないで。ちゃんとしなさい」
「……はぁい」

「でも、……ねえ、いるよ」
 そこに、ちゃんと、いるんだよ。

 幼いなりの精一杯で紡いだ言葉が、それでも届かなかったのは、何が悪かったのだろう。

 考えても結局は分からなくて、それからはぼんやりと、空を見上げていた。
 思えば、その時からそのまま、今までずっとそうやって生きている。


UP:2018-11-30
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