5.憎むほどに愛する愚かな激情を、
貴方は知らない。分からない。
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ふと創り出し、何を与えるでも無く放し飼いにする。
従うべき者も、排すべき相手も、守るべき存在も、何一つ与えずに。
それでもあれは、静かに笑う。
風に乗って届く、血の匂い。歩み寄って目を向ければ、冴え冴えとした瞳が応じてきた。
「……死人(しびと)か?」
問えば、無言で首を動かしての肯定。
「少々、手荒に扱われ過ぎたようで。お使いになられる興を殺がれてしまわれましたので、処分を」
「餓鬼か……生きているとは珍しいな」
「ええ。しかしながら、この所業にて、つい先刻に屠られました」
屍(かばね)を生んだ因は、この地にあっては余りに短命な種の鬼。他者を殺めるよりも先に、己が死ぬ場合の多いそれが、生きて他を屠るなどとは珍しいと呟けば、淡々と末路が告げられる。
大方そんな所だろう、と。さして驚きもしない。
返事代わりに肩を竦め、留めていた足を進めた。
鬼は元来、力を慕い、その情を以って総てを縛る。
力に応じて思慕を受け、また思慕に応じて支配を与え、互いに望んで主従となる。
膝を折った者が主を捨てるのは、ただ主の力が衰え、慕うに値せずとされた瞬間のみ。
ただ、知る限りはあれだけが、その理の果てに立ち、歪んだ関係を黙殺していた。
望めば総ての鬼を下し、皇とさえ称されるだろう力を持ちながら、決して他を統べはしない者。鬼ならざる者、息絶えた骸、あるいは鬼そのものすらをも、鬼へと変じさせる技能を有する鬼。
力を慕って膝を折る者を、創り出され跪く者を、ただ笑って黙殺する。
従いたいと言うのであれば従わせる、だが決して従えとは命じず、そして支配もしない。
それ故、あれを慕う者は総じて、身食いに走る。
共に同じ鬼を主と仰ぎ、慕い、そして寵を得ようと足掻き、 ……結果、寵を渡すまいとして、疑わしいものを片端から排撃するのだ。
目の前の、動かなくなった者のような、あれが興味を示した存在は、主の寵を奪う忌むべき相手として。
そしてまた、眼前の命を殺めた餓鬼のように、あれが興味を示すものを排した存在は、主の意に反した許されざる相手として。
いずれも、身内であるはずの鬼から敵と見做され、排される。
ただ一言、これは使う心積もりでいるのだから損なうな、と。あるいは、意に反したと言う程でもないのだから騒ぎ立てるな、と。
そう言い差せば治まるものを、あれは黙殺し続ける。
気配を感じ、立ち止まる。
向けた視線の先に、この地の主たる鬼と、この世の主たる鬼がいた。
皇の名を有するこの世の主が、こちらの心中を見透かしたように、柔らかく笑んで口を開く。
「それでも力在る限り、彼らは従い、寵を欲し、互いを食らってゆくのでしょう」
しかしそれは、彼ら自身が望み、選び続けているもの。
ゆるりと手を伸ばし、いま一人の皇鬼の、肩口から落ちかかる髪を背へ戻しながら、穏やかに笑う。
「……それもまた、貴方の力に違いない」
応じて、まだ幼い見目のあれは、ただ静かに笑う。
憎むほどに愛する、愚かな激情を。
貴方は知らない。分からない。