<お題>
レグルスの祝福をうけた旅人。琥珀の牙を持つ。狂った時計を止めるため、行方知らずの閉架書庫を求めて旅をする。月長石に縁の深い旅人の旅路を導く。
***
「行方知れずじゃなくて、行方知らず、だって」
旅人が持つのはレグルスの祝福。求めるのは、どこかにあるという噂の書架。
「何が違うんだって感じだよね? 行方知れずと、行方知らず。早く、時計を止めないといけないんだけど……」
自棄気味の乾いた笑みを浮かべ、なみなみと注いだ果実酒を一気に呷ると、旅人は空へと向かって声を張る。
「ぜんっぜん! 見つからない!」
叫んで大きく開いた口の中には、濃い蜜色をした、琥珀の牙。
しばらく天を睨み、祝福の星が宿る星座、獅子のように、小さく低い唸りを漏らしてから、旅人は視線を酒杯へと戻す。
「まあ、そう簡単には見つからないだろうとはね、思ってたんだけど」
参ったよ、と吐息を零した。
「ほんとに誰も『知らず』でさ。渡り鳥も、天青石の連中も、それこそ『風の噂』でさえ行方は聞かないって」
行方知らずの閉架書庫。あらゆる『未知』が収まる、という、知識の宝物殿。
それを探して、琥珀の牙持つこの旅人は、旅に出たという。
「……見つかるなら、べつに『行方不明』のお仲間にされたって構わないんだけどさ。……早く、止めないといけないんだよね」
狂った時を刻み続ける、とろりとした黄金色の懐中時計。琥珀の中に封じられた文字盤は、ねじれ歪み、針はあらぬ位置を指して、進んでいるようにも、戻っているようにも、あるいは、止まっているようにも見える。
旅人の手の中で、それは淡々と時を数え、かすかな音を刻んでいた。
これを止める術を求めて、書庫を探しているのだそうだ。
時を留め、封じ、語り継ぐ、伝承の神の一柱に連なるもの。琥珀の黄金時計はその神ゆかりの品、狂い続ければ何かしらの悪影響が出る。
琥珀の民にまつわる、そんな話をいくつか語って、夜も深まった頃、旅人はふと、問いを口にした。
「あ、そうだ。月長石の旅人って心当たりない?」
訪れる旅人は数知れず、しかしまた、未だ行き会わぬ旅人も多い。
「ちょっと、ね」
ゆるりと首を傾げた旅人は、星々が瞬きだした空に目を細める。
己の宿した祝福か……件の旅人に関係する星にか。束の間、聖句を唱えるように短く瞑目して、穏やかに笑う。
「因縁のある相手でさ。……この先どこかで見かけたら、よろしく。『いいから、行きな』って言っておいてくれると、ありがたいかな」
星の下、旅人たちはそれぞれの道の上で、今日もまたそれぞれの夜を、越えていく。
***
ぼちぼち再開してみたいなー、などと思いつつ。今後も不定期でちびちびいきます。
旅人さんたちの語る『神』や一族のあれは、わりと話の流れで思いついたところだけ決めてく……的なノリで設定される。