<お題>
カストルの祝福をうけた旅人。雲母の牙を持つ。告げた想いを忘れるため、カーバンクルの落とし物を求めて旅をする。カノープスに縁の深い旅人とは仕事仲間。
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祝福はカストル、双子座の半身であるα星から。
月のない夜空に散る数多の光を仰ぎ見て、今夜の旅人はひとつ、大きな欠伸を零す。常人よりいくらか尖った八重歯が、ランタンの明かりを受けて、乳白色の光沢をきらめかせた。
「雲母とは言っても、実際のあれほど脆くはないさ……まぁ、大物に噛みつきゃあ欠けることもあるがね。たまあに、表面がはがれるくらいのもんだよ」
答えながら、また小さな欠伸を漏らして、雲母の牙がちらりと覗く。
持ってきた酒肴をひとくち齧り、一夜の対価は語られ始めた。
「カーバンクルの落とし物、だとさ」
探し物は、旅人が告げた――あらわにしてしまった、その想いを忘れるために。
どのカーバンクルが落とした、なにが、求めるものなのか……まったく定かではないというそれを、どうしても見つけ出さなければならないという。
「魔女でも妖精でも、精霊でも神でも、訪ね歩いて尋ね回って……辿り着く。生憎と、こっちは『忘れたふり』を続けられるほど器がでかくないのさ。――向こうは、別にいつまでだって、たぶん『なかったふり』をしてくれるんだろうが、な」
忌々しい、と口にしながら、いとおしい、と目が語る。
「そう、自業自得。ヘマをやらかしたツケだな。こうして旅に出る羽目になって……っと、欠けちまったか」
呟いて、旅人はそれを酒杯に吐き出した。新しく注いだ蒸留酒で丁寧にすすいでから、指先で弾き飛ばし、こちらへ投げて寄越す。
「やるよ。ひとかけらくらいなら、あんたにも祝福の分け前があるんじゃないかねえ?」
受けた手のひらで、真白の雲母がひとかけら、光を放った。
夜も更けて、続く旅のため、眠りが訪れる。
「じゃあ、そろそろな。……カノープスの祝福持ちが来たら、よろしく言ってくれ」
最後にそう告げて、旅人は立ち去った。
憎悪か、思慕か。あるいはもっと別種の秘密だろうか。果たして、何を告げてしまったのかは、語られない。
それは旅人だけが秘めておけば良いことだ。
旅の途上では、ただ、旅についてだけが語られれば良い。
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2桁に入りました。1年ぶりなんだぜ……!