gottaNi ver 1.1


堕栗花、鬼見城を強襲。それでも兄を捨てられないのが弟というものらしい。

***

 目を開けて、まだ自分が生きている事に気付いた。それよりも早く傷の状況を把握していた意識は、かろうじて死に損なった、という具合の身体を、それでも動くに支障は無いと判断する。
 まだしも使える左の手で上体を起こし、壁に右半身を預けると、見知った印象の室内が一望できた。

「……馬鹿な事を」
 呟いて、寝台から降りる。
 枕元にあった服を取り上げ、必要はないだろうと思いながらも、遠目からなら誤魔化せる程度に上掛けを丸めた。不在を明示するのは性に合わない。
 畳んだだけらしい上着を羽織り、隠しに入ったままだった煙草を取り出して銜える。

 窓掛の裏に回ると、まだ明け切らない色の空。

 両開きの出窓を片側だけ開け放ち、枠に腰掛けて火の呪を紡ぐと、冴え冴えと冷えた風が紫煙を吹き散らした。
 視界の端に、本来の居場所である翠繚の離宮が映る。

 ここに運ばれた以上、一度は完全に欺いた筈の動きに気付かれた事は確実だった。だが、何の介入も無しにそれが起こる事などあり得ないのは、よく識っている。
 懐に入れた相手を失う事に、あの『弟』はひどく弱い。
 誰よりも先行きを気にかけている相手から、最も執着している相手と自身とに傷を負わされ、尚もまともな判断ができるような冷静さは残らないだろう。

 あの状況で事の本質を見透かした上、鬼見城帝に最善策を示唆し助力できる人物など、一人だけだ。
 手出しなどせず、殺しておいてくれれば良かったものを。
 紛れもない本心を溶かし込んで煙を吐き出した時、近付いてくる気配が一つ、意識を揺らす。

 迷うような控えめさで数度、扉が叩かれた。
 ずっと銜えたままだった煙草を、最後に深く吸い込んで口から外し、意識を切り替えるように息をつく。
 煙を逃がす為、持った手を窓の外に垂らしたのとほぼ同時に、足早にやってきた人物が勢いよく窓掛をどけた。

「おはよう」
 確信した通りの顔を認めて声を掛ける。
「っ……」
 何かを怒鳴りかけた口は結局、言葉を発さずに閉じられて、代わりに腕が伸ばされた。窓枠に座ったまま動かない身体を室内へ引き戻そうとしてから、手に持った煙草に気付いてそれを奪う。すぐに渋面で魔法を行使し、焼却した。

「どこに行ったかと思えば、寒空の中で喫煙ですか。今の今まで昏睡していた身で。……兄上?」
「ここで拾った命なら、煙草程度では今更どうもならないよ」
 大人しく窓際から身を離しつつ、いつも通りに笑って応じ、心中で口には出来ない言葉を紡ぐ。

 あのまま、気付かずにいてくれれば良かったものを。

***

 統治者兄弟。退位後最大の理詰め暴挙に出た兄と、危うく完全敗北を喫する所だった弟。
 鬼見城から失踪してやかましい連中と前面衝突戦闘後、虚染さんの声と手を潰して「証言は取れないけど犯人は確定」な状況を作り、弟を軽やかに崖っぷちへ追い込んだ挙句、天狼にも一撃入れて静養必須にし、色々な関係者外秘を処分するため某所地下を封鎖、流出した血で維持される術者が死ぬまで有効の結界張って放火。
 珍しく情を取ってくれた某国のトップが、錯乱マックスの鬼見城帝に「天魔の獣が狙っているのはこの件に関する全痕跡の消去。当然、自分自身の処分も含んでいる筈」とリーク、ついでに人員も貸し出し。
 テンパってて、堕栗花が「何の為」にこんなド外道っぷりを披露したのかまで頭回ってなかった天狼は、そのあと超必死で妨害工作に奔走しました。


UP:2023-06-03
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