gottaNi ver 1.1


天狼と堕栗花。公的にはこんな感じ。

***

 大会議場へと続く扉を有する、控え用の大広間。
 各国から集まった統治者とその臣下たちが思い思いに開会を待つこの場所では、先刻から雑多な声が絶えず生まれては消えていた。誰もが表情だけは穏やかに、再会の挨拶や世間話、あるいは腹の探り合いや皮肉の応酬を繰り広げる。

 話が途切れる事はない。しかし扉が開けば即座にそちらへ目を向け、新たな入室者の姿を確認しては互いの様子を伺い、己が取るべき行動を考えるのが彼らの常だ。
 相手が自分よりも上位にある者ならば、機を見ては近付き声を掛け、あわよくば取り入って利益に繋げようと画策し。下位と見れば、話の種にするなり黙殺するなり、とにかく相手から近付いてくるまでは動かない。

 各々の考える事は種々雑多かつ人それぞれだが、今は誰もが多かれ少なかれ、似た思いでしきりに扉を気にしていた。

 それというのも、この場にいる者すべてが、せめて一声は掛けておきたいと願う存在がまだ来ていない為だ。
 十数分ほど前から、入り口に目をやる人間の数と頻度が増えてきている。

「……まだ、いらっしゃいませんね……」
 ちらりと扉を見やり、思わず、といった声音で誰かが呟いた。
 それを耳にした臣下らしい女が、控えめに口を開いて急く主を宥める。
「他の方は分かりませんが、フラメアの新帝陛下は、やはり慣例通りに遅いご入室をされるのでは……」
 言葉が終わらぬ内に、新たな国の関係者が広間へと現れた。

 入ってきたのは、二十代の半ばか、あるいはやや上の年齢に見える黒髪の青年。その前方に二人と後ろに二人、四人の男女が共にいる。
 前方の男性二人が、扉を押さえたまま青年に頭を下げた。礼を受けた彼はそちらに一瞬だけ目を向けたが、すぐに後方に控えた男女を軽く振り返る。そうして、落ち着いた足取りでゆっくりと歩き出した。

「――鬼見城帝陛下」
 君主のために扉を押さえていた二人が追いつく間もなく、四十代前半といった外見の男が近寄ってくる。一見して大国の統治者と知れるその男は相手の反応を待たず、更に言葉を続けて礼をした。
「タルワール帝ミラ・カストル、まずはご挨拶を。陛下ご自身も鬼見城帝国もさしたる災いなく、益々の発展を遂げたとの由、お慶び申し上げましょう。差し障り無ければ、話などお伺いしたい所ですが」
「貴国とて、衰える兆しのない繁栄に何ら翳りなしとの事。鬼見城の若輩者などは到底及ばぬと、陛下の采配には感服するばかり……直にお話をとは、こちらこそ申し出たい願いです」
 一度周囲を眺め、苦笑して続ける。
「……が、このまま続ける訳にもいかぬようで」

 タルワールと並び、名実共に皇帝に次ぐと評価される事の多い鬼見城。国主に声をかけたいと、多くの者が無言で視線を投げかけ、順番を争っているのは誰が見ても明らかだった。
「仕様のない所かと。機を見てお願いする事としよう」
 さして残念そうでも無く、タルワールの統治者が大仰に肩をすくめながら答えて引く。
 両者が礼を交わして離れると、途端に場が活気付いた。

 大広間に、束の間の騒乱が広がる。

 大原則は国力の順。優劣のつけがたい間柄の者たちは目で牽制しあい、様々な思惑をもって先か後かを争った。その間に上位の国は挨拶に向かい、帝国と親交を深めるべく、手を替え品を替え話題を振っている。
 品を失わないよう、表向きだけは穏便に徹底した騒ぎが収まったのを見て、鬼見城帝は応対に追われていた臣下を近くへ招いた。
 四人全員を連れて部屋の端へ移動すると、置かれた椅子に腰を下ろして低く囁く。

「うちと話をつけたいなら、相応のものを見せてからが筋だろうが」
「顔を売るのがまず先、それが慣例ないし常識となっておりますから」
 諌める色は薄く、どちらかと言えば宥めるような声音で、同席した臣下では唯一の女性となる補佐官が言葉を返した。横の男が、後を引き取って口を開く。
「国政とはやや離れるような、私的な面でも縁を期待されますし。……国益に関わる話を用意できずとも、顔を覚え置いていただきたいと望む方々が多いという事でしょう。陛下、ならびに鬼見城帝国の評価が高いという証ですね」
「……評価、か」
 目の先には談笑する他国の王たち。
 つられて見やり、無言になった彼らの耳に声が届いた。

「……しかし、相も変わらず、ですかな、あの王は」
「……でしょう。まあ、ご気性がそうそう変わる筈もなし、それこそいつもの話でしょう」
「違いない」
「あれがあの国の王とは……全く、信じられない話ですが」
「ま、我々として有り難く思っていれば良いだけかと」
 多分に嘲りを含んだ、楽しげな会話。何を話題にしているかを察した臣下たちに、面白そうな帝の独白が刺さる。

「……評価、な」
「陛下……」
「あの様子を見る限り、連中の評価を真に受けていいのか、未だに判断が下せないが」
 大体……と、重ねて何かを言いかけた彼を留めたのは、開かれた扉。
 新たに入室してきたのは、二十代と見える姿の統治者。
 相手を確認した者たちから、鬼見城の統治者が現れた時とは質の異なる、まとわりつくような気配のざわめきが生じていった。

「……例の……」
「見てみろ、あの顔を……あれで男とは、惜しい」
「顔で国が治まりはしませんよ」
「……あれが?」
 そこかしこから、抑えた声が上がる。
「……あの国の、王」
「天泣王国の……」
「天泣王」
 中には、隠そうともしない嘲笑さえあった。しかし聞こえていないのか、その王は穏やかに微笑んだまま歩みを進めてゆく。

 最初に近付いた国王は、型通りの挨拶と礼を交わしただけで去っていった。次に現れたのは、王らしき中年の男。
「天泣王陛下におかれましては、変わらずのお美しさで、ご健勝のようですな」
「お気遣い頂き有難うございます、リゲル陛下。アフェナ王国の皆様も、お変わりないようで何よりです」
「陛下ほどではございませんよ。天泣の王ともなれば随分とご多忙でしょうに、曇る様子のないそのお顔。やはり重々、気をつけておいでで?」
「そうですね。何事においても体調管理は重要、私も政務が滞るなどという話がないよう、気をつけるようにはしております」
「なるほど。それは結構な心がけで」
 見下すように笑って言い捨てると、アフェナの国王はぞんざいに一礼して背を向ける。

 それを気にした風もなく、いたって丁寧に礼をした天泣の王へ、また似た表情の統治者が歩み寄ってきた。二度三度と、代わり映えのしないやりとりが繰り返される。
 いっそ冷ややかとさえ言える目で一連の挨拶を眺めながら、鬼見城帝は心中でだけ声を出していた。
 連中はいつまで侮っているつもりだろう、あの王を。掛け値なしの『天泣王』を。

 第六十二代天泣王、堕栗花。先代までの天泣王が築き上げてきた業績と、国の名前とだけでその権威を保っている、自身は何らの力もない存在と言われる者。先代最大の失策が、この王を立てた事だという話は、今では統治者の誰もが耳にし、そして口にしているだろう。
 だがそれが何もかも偽りだと、先代天泣王の養子となり、現天泣王の弟であった彼は識っている。

 王とは短い社交辞令を交わしただけで、後はひたすらに天泣の臣下と話を続けるどこかの王。天泣に用があれば臣下に取り入るべき、と語る態度だが、ないがしろにされた当人は常と同じ微笑で佇んだままだ。
 ……あの兄にとって、自分自身とは国益の為の道具。侮られる事を恥じ、時には避けられる対立を敢えてしてでも、王として誇り高くいなければならないという考えには苦笑するだけだろう。

 彼は力を誇示する方針を好まない。その結果ああして侮られても、何ら問題にしていないのは見て分かる。
 思いを巡らせる彼の視界で、一通りの顔合わせが終わったらしい天泣の主従が動き出した。王と帝の視線が被る。
 恭しく頭を下げた兄を無言で見返し、帝となった弟は黙って目を閉じた。
 ここで礼をすれば、自分たちが対等に近い関係だと示すようなもの。それは互いに望む所ではない。

「梭星陛下も、礼くらいお返しされては……」
「いかに兄君とはいえ、あの王では……でしょう」
「天泣王ご自身は気になどしないだろうが。つき従う者たちが哀れだな、あれでは」
 遠く、嘲笑の声。視界を閉ざしたまま、意識すらせずに飛び交う悪意を黙殺して、鬼見城の帝、梭星・天狼は口の端にだけ笑みを浮かべる。

 侮っていられる平和さが、いっそ羨ましいと。

 決して音にはしなかった呟きだが、あたかも合わせたかの如く、場の空気が動いた。瞼を上げれば、前方にはこちらへと向かってくる女性が1人。
 相手が誰かを認識すると、天狼は椅子から立ち上がり、姿勢を正して呼びかける。
「紫微垣帝」
「久方ぶりにお会いいたしますね、鬼見城帝。紫微垣のコランダム、ご挨拶をと存じまして、遅ればせながら参りました。……ご思索中、陛下のお気を散らせてしまったのでなければ宜しいのですが」
 流れるような一礼の後、三十の半ばを過ぎた頃に見える女帝がにこやかに言った。

 返礼し、彼女に手を差し出して椅子へ招くと、鬼見城の主もまた穏やかに笑んで口を開く。
「お気遣いは有り難いものの、どうぞ楽にお過ごしを。この所ついぞお会いする機会もなく、この場に至るまで顔見せもせず失礼しました」
「いえ、それこそ無用のお気遣いでございましょう。貴国の隆盛は広く知られていること。お忙しい日々を送っていらっしゃるものと承知いたしておりますよ」
「隆盛と言っても、陛下にはとても及ばぬ所。鬼見城を治める者として立ってから、一応の結果は出てきた頃とは思いますが……賞賛を頂くには時期尚早かと。私に勝る方々は多い。一層の力を傾け、先を見通していかねばならない時でしょう」
 控えめに応じて視線を転じ、大広間をざっと見渡す。

 同様にして他の統治者を眺めた紫微垣帝の目が、入り口から見て右側、彼女からすると正面より少し左となる、窓のひとつに固定された。
 そこにいるのは、天泣王と二人の部下。庭園に面している大きな窓に顔を向け、外の景色に気を取られている風情の主君をよそに、書類を手にした男女の臣下が何事かを話し合っている。

 止まった動きを察し、訝しげに視線の流れを追った鬼見城の統治者が、小さく納得の声を上げた。
「……あぁ、天泣か」
 声の主へと意識を戻した彼女と入れ替わるように、彼らを見つめながら帝が問う。
「紫微垣帝国ともなれば、天泣とはいえ、遠方の王国など注意する必要もないのでは?」
 あの国王の評判もご存知だろうに……と、付け足す何気ない一言。
「ご兄弟とお伺いしておりますもので」
 答えれば、冷笑にも見える薄い笑いが返ってきた。どうでも良さそうに呟かれる。
「兄と弟と言ったところで、どちらも先代が迎えた養子、血の繋がりはないのだが」

 ほんの僅かに眉をひそめて口を開きかけ、適した言葉が見つからなかったか、そのまま唇を閉ざして黙った紫微垣の主へ向けられたのは、天泣王の弟の、興味深そうな目。
 訪れた沈黙が重くなる前に、また広間の扉が開かれた。

***

 ごく真っ当に兄弟仲を気にしているように見せかけて、その実「こいつマジで天泣王が無能だと考えてんの?」と弟君の心中を疑っている人と、ごく真剣に兄を黙殺しているように見せかけて、その実「こいつは天泣が無能な王を許すと思ってんの?」と各人の判断力を量っている人と、ごく真面目に応対しているように見せかけて、その実「こいつ何処まで『天泣王』が無能だと信じてんの?」と相手の程度を伺っている人と。


UP:2023-06-03
よければ感想ください!|д゚)ノシ