理不知 / 得鳥羽月
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その鬼は、月がいっそう青白いある夜、ふと目覚めた。地の神、その原種として。土地に根ざした神気から生まれた鬼に血で繋がった親はなく、また当然に名もなく、ただ力だけが、夜のただ中にあってうそ笑んだ。
理を知らぬ、理外の鬼。親なく、家なく、ゆえに何にも守られず縛られず、幼くして同胞たちの掟から外れた、理不知(ことわりしらず)の離鬼は、時に暴虐とも言えるほどの無関心さでもって、己に関わってきた様々なものを、切り捨て、忘れ、滅ぼしていく。
いつしか理不知は諱となり、理不知の鬼はうすら寒さの伴う伝説となった。名を売ることにも無関心であったから、鬼は、それもまたどうでもよい事として、人心が噂するに任せた。
それが、得鳥羽月、と仮の名でまだ畏怖されるひとりの貴鬼の来歴である。