gottaNi ver 1.1


 撫玲香

***

 青年はその昔、参拝者で賑わう冬の町を、震えながら歩いていた。さむかった、とぼんやり思い返す、幼い日の記憶だ。
 浮き立った空気、祝辞に溢れた店先、誰もが暖かく幸せそうに笑う晴れの日に、笑うことも泣くことも出来ず、震えていた。

 どこをどう辿ってそこへ行き着いたのかは、はっきりしない。

 焚かれた炎がひどく眩しく、独特の甘い匂いがとても優しそうに思えて、もう回らなくなっていた頭と歩き疲れた足で、ふらふら誘われていったのは何となく記憶にある。
 不思議と、境内には人がいなかった。ここはきっと、自分のような『幸せそうでない』ものがいても大丈夫なのだと、安堵する。

 詰めていた息を吐き出した時、鼻先を、ほんの一瞬だけ掠めた香りがあった。
 今ならそれも、梅の花、蝋梅の香りだと分かるが、当時はただ、穏やかな匂い、と感じたくらいだった、だろうか。

 ひどく気になってあちこち見回し、人影を見つけた瞬間のことは、覚えている。
 ……ああこのひとだ、と、確信した。

 たどたどしく、『きれいな花のにおい』がしたことから、どこへも行けない、帰れないことまで、一切を話し……そうして、正月の迷子は、救われた。

 撫玲香、と屋号を決めた青年は、もう笑って新年を迎えられる。


UP:2023-01-13
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