目覚めを待つ間のちいさな話。
〈大樹〉
〈私たち〉に祈りという文化は存在しない。幸いは常に傍にあり、災いは常に退けられてきたがゆえに。
それでも、これが祈りというものだろうかと、心を閉ざして微睡む同朋の頬を撫でている間だけは呼吸が詰まった。
その目を、正しく開いてくれ、と。
茫洋とただ泣き、何も感じまいと意識を停滞させているその姿に、憐憫と焦燥が募ってゆく。目の前には今、自分たちが再び在り、それを認めてくれれば再会はかなうというのに。
ただそれだけが、ひどく遠い。
〈水脈〉
声が聞こえる。温度が触れる。けれどそれでも〈私〉は意識をひらけない。
夢を見た。声を聞いた。温度に触れて、けれど目覚めればそこは永遠の廃園で、独り泣いているだけだった。
落涙は凍り、枯れ果て潰えて、あとには何も残らなかった。
こんな夢ならば、もう見まいと決めたのだ。
醒めれば終わる幸福は、目覚めの孤独を地獄のようなものにするから。
こんな世界ならば終わればいいと、約した再会を捨てるようになる前に、心を捨てた。
声が手が、温度が、今はただ怖い。もし幻ならばもう耐えられないと。
〈翼鳥〉
ちりちりと、魂を焦がすような熱がある。焦燥と、怒りと、切望と、愛おしさとが、溶け合って煮える。
同朋を、ここまで追い詰めたものが厭わしい。
自分たちを拒絶し続ける姿が、痛ましい。
この手を拒む涙が、呪わしい。
とらえれば小さくもがき、けれど芯からの拒絶はかなわず泣く最愛の存在は、まだ目覚めないまま。
――いっそ全てを拒絶しきってくれるのならば、〈私たち〉は終わりを選択できるというのに。
どこまでいってもこの同朋はただ優しく、残酷で困るのだ。
身の内の焔は、まだこの心を焼いている。