31.結局僕は一人に耐えられないって事。
色落つ世界にせめて君一人だけでも
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視界いっぱいに柔らかな光が満ちる。他には何もない。
本当に状況が解っているのかと危ぶむほどに、自分は落ち着いていた。
まるで、こうなる事をとうの昔に受け入れていたように。
「……転んだんだって?」
「ああ、慣れたつもりで歩いていたら、置いてあった箱に足をとられて見事に転んでね」
「怪我は?」
「手当てはしたよ。右手を捻ったかな。あとは何箇所か擦り剥いたくらいで済んだ」
聲など届かない筈の無機質なつながりの先から、深い溜息を飲み込んでいる気配が視える。
七宮の名を預けられた、最大の理由。
見えなくなっただけ、見ていなかったものがどれだけ多かったか。
「……目は?」
籠められた問いは複数。
「……相変わらず、かな」
仄かな光と、無数の気配だけが全てのような日々に変化はない。
「余計なものが見えない分、視えるものは多くなったけれど。力が強まった訳ではないしね」
心身ともに正常、それが現代医学とやらの答えで、けれどこの眼は視力を失っていた。
力の影響も考えられたけれど、能力に変化がないことは自分がよく識っている。
「まあ、大した事じゃない。そうだろう?」
言葉に力を籠めてみせれば、それを正確に視たと解る返答。
「――当分、七宮が動く必要はないよ。御司もまだ、動く気はないからね」
「了解。……あ、誰か来るらしい。路が乱れるから切るよ」
「……分かった」
承諾の声を遠くに聞いて、さっさと耳元から離してしまっていた受話器を置く。
「……目は?」
全く同じ問いかけに、苦笑した。
「相変わらずかな。力にも変化はなし」
「……そう、ですか。怪我をなさっているようですが、お加減は?」
「見ての通り、大した事はないよ」
視線を気にする事は識っているから、目を閉じて笑う。
「仇敵の心配をしていられる立場ではないでしょうに」
「貴方こそ」
鋭く反駁した声が弱まり、裏腹に力の籠もった反問。
「わたくしなどを招きいれて、親しく言葉を交わすなどと……七宮の主がよろしいのですか」
「七司はともかく、政府に知られたら事だろうね」
「ならば、なにゆえ」
「……さあ?」
答は、いつものようにはぐらかした。
そんなもの、本当はとうに示されてしまっていると、互いに解っているから。
淡い光に満たされ、色の抜け落ちた世界。
それでも、その気配の鮮やかさはこの心に間違いなく映る。
答は、それだけ。
結局僕は、一人に耐えられないって事。
色落つ世界にせめて、君一人だけでも。
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七宮偲。お相手は万化の保護者にして涯の導の代表筋です。