gottaNi ver 1.1


「……で、ええと。この小さいお客さんは、結局オルゴールの『幽霊』ってことでいいのかな、閟誕」
「左様ですね」
「ええ……まあ、そうね。正確ではないのだけれど、このオルゴールにとりついたもの、そんな認識でもいいわ。許しましょう。今は……だいたいは、この仮宿にこもっているわ。条件が良いときに少し出歩くのが精いっぱいなの」
「ヒトガタがどうたら、って話で?」
「そう。本当なら、この『私』の形をした人形が一緒だったはずなのだけども。……どこかでね、なくなってしまったの」

 だから、手伝ってくれないかしら、と。
 ちいさな唇が、困った様子でちいさく笑んで、囁いた。

「何度かお願いしようとはしたのだけれど。この殿方には、あまり届いていなかったのかしら」
「ああ……なんかふわっとしたやつ、それ?」
「ふわっと、した、やつ……?」
 だいぶふわっとしている絡繰屋の反応に、幽霊も困惑気味の鸚鵡返し。
「まァ、そこの店主は応答がいろいろと極端なもので」
 自律人形のほうは既に慣れたもので、諦めと共にそんな解説を口にする。

「……さて、どうされますか。絡繰屋」
 オルゴールの『幽霊』と、その頼み事。これまでの会話からすると害意はないようで、引き受けるにせよ、突っぱねるにせよ、さほど危険はなさそうに思えた。
 どちらでもいいなら店主の判断に丸投げしよう、そんな雰囲気で従業員が問い掛ける。
「まあ、そうだねえ。この手の『奇跡』ならうちの管轄だし……どうせならきちんと直したいよねえ、絡繰屋さんとしては」
「ではそれで」
「あら」
 あっさりと告げられた承諾に、少女が一度、目をまたたいた。
「ありがとう、嬉しいわ……もう少しお話が要るかと思っていたけれど」
「まァいろいろと極端なもので」
「……そう」
 そういうものだろうか。そういうものかもしれない。そろそろ慣れ始めたこの空気に、氷のような雰囲気がいくらか毒気の抜けたものになる。
「構わないのなら、構わないのだけれど。……それと」
「うん?」
「なにか?」
「せっかくの気遣いに無粋な口出しをして、はしたないとは思うのだけれど。――この供物を『神饌』と見なすのは、さすがに無理があると思うわ、お二方」

 干し肉。携帯食料。酒――ショットグラスに注がれた料理酒と工業用アルコール。

「駄目かな。けっこういいやつを選んできたんだけど」
 干し肉は何といっても精魂込めての手作りであるし、携帯食料も割と高い国産品。料理酒は貰い物だが、良し悪しなど分からない絡繰屋の性格をよく分かっていて、雑に使ってもそれなりになる、ほどよいレベルの酒と聞いている。
「とくにそのアルコール燃料、いちおしのやつを奮発したんだけどな」
「まぁ食用できないわけでスが」
「気持ちが大事と聞いたので」
「まァ、どれも『けっこういい』品ではありますが」

「……本当、変わった方たちね」

 笑う気配は、冷たいながらも、どこか甘い風情がした。

***

「……で、そうすると……その『ヒトガタ』を見つければいいのかな」
「ああ、違うの。そうではなくて。……何とかしてね、話をしなくてはと、思っていたことがあったのだけれど」
「へ? 探し物を手伝えばいいんじゃないの?」
「必ずしも『探す』必要はないのよ。同じ役目を果たせるものがあれば良いだけだから。それに……」
 言いさして、ふとその瞳が温度を下げる。
「警告はしたわ。……警告は、したのよ?」
 品よく、ただ少しだけ困ったように眉を下げて微笑むと、細く涼やかに吐息をこぼして、少女は指先で己の唇を軽く撫でた。

 店舗の異状を知らせるベルが、不意に鳴る。

「絡繰屋」
「うーん、盗難防止のやつかな。どこのが引っかかったんだろ」
 軽く応じながら首をかしげて、絡繰屋は客人に目を向け直した。

「これ、見越してた?」
「――いいえ。でも、懸念はあったわ」
「ふうん? なるほどね」
 とりあえずはそれで良いと、店主はベルの方に意識をもどす。店舗に向かうため踵を返して、念のために声をかけた。
「私はとりあえず様子を見てくるから、閟誕はこっちの管理よろしく」
「お気をつけて」

「…………」
 すうっ、と薄青い靄がかかる。雪の影のような、輪郭の曖昧な姿に戻った少女に、閟誕が問う。
「懸念、警告……という事は?」
「もしかしたらそうなるかもしれない、とは思っていたの、ごめんなさい。もっと早く、きちんとお伝えすべきだったわ」
 少し強引にもでも……と呟く声に、合点がいく。
「つまり絡繰屋に伝えてはいた、と」
「絡繰屋……ええと、今更だけども、それはあちらの殿方よね?」
「あァ。左様です」
「伝えようとはしていたわ。……というより、伝わっているだろうと思っていた、と言った方が適切かしら」
 まあ『なんかふわっとしたやつ』止まりになるとは、なかなか考えにくいだろう。まったく、規格外はこれだから困る。

「いなかった」
 戻ってきた店主が曰く、施錠しておいたドアが開けられていたものの、相手の姿は既に見えず、店内はまだ荒らされていなかった、とのこと。

 再度はっきりとした姿をとった少女に、絡繰屋が話の続きを促した。
「で、心当たりがあるってことで、オーケイ? 絡繰屋さん的には、ここのところ揉めそうな品は引き受けてなかったし、いま来そうな相手っていうと他にない感じだけど」
「ええ。と言っても、私もあまり姿を見せられるわけではないから、憶測も混ざるけれど」
 特区の発掘品……つまりこのオルゴールを、誰かが狙って追いかけている。そしてだんだんと手段が過激化しているらしい。
「ああ、まぁよくある事でスね」

「特区の発掘品と押し込み強盗がよくあるって、あれ、閟誕の自律人形ジョークじゃなかったんだ?」
「自律人形ジョークとは」


UP:2020-01-22
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