gottaNi ver 1.1


「まあ、そういうことなら、また来るだろうし。待って捕獲すればそっちは問題解決かな」
「左様ですね」
 オルゴールを狙っている、という輩への対処はそれでいいだろう、と、自律人形は店主とうなずき合う。この『王国』でならそうそう面倒なことにもならないだろう。
 すると、横から声が掛かった。
「それなら、私もそこに置いておいてくださらない?」
「ん? まあ絡繰屋さん的には構わないけど。相手に興味がある?」
「ええ。出てこられるのなら居合わせたいの。……粗野と無礼のあがないはしていただきたいわ」

 笑う表情はどこか甘く、しかし空気はひやりと凍てつく。
 急に冷えた空気に、寒さには弱い絡繰屋が頬をこすってつぶやいた。
「ストームグラスみたいなお子さまだねえ」

「左様ですか? もう少し甘い……氷菓、のようかと」
 冷たく、しかし甘い。印象をそう口にすると、店主はひとつ首をひねってから納得の声をもらす。
「ああ、氷菓子。なるほどね、氷菓か」
「お子様……」
 会話を聞いて、ぴくり、と少女の柳眉が動く。
「せめて『お嬢さん』くらい、品のある呼び方はできないのかしら? こちらの殿方の間では、女性をことさら幼く扱う流行があるの?」
「ああ、うん、ごめん絡繰屋さんそういうのよく分からない」
 投げつけられるつんとした抗議を、まったくブレない絡繰屋のいい笑顔が撃ち落とした。
「…………」
「でもまぁ不愉快な思いをさせたなら謝罪するよ。侮辱する意図はなかったし、侮辱と感じさせたことは不本意だし失態だし」
 言って、おどけた様子でしかし真摯に。
「申し訳ありませんでした、お姫様」
「……いいわ。赦しましょう」
「というか、お名前をうかがっても?」
「名前……」
「呼ぶなら名前が一番でしょ」

「名前はないわ」
 凪ぐように、すうっと一瞬だけ表情が欠ける。

「名前はね、どこかへやってしまったの。探しているのだけれど見つからなくて」
 重ねて告げた少女の顔に、雪のような淡い笑みが浮かんだ。

***

 結論から言えば、数日待って、盗人はあっさりと確保できた。少女が姿を見せて微笑んだ途端に、すっかりと色をなくして腰を抜かした二人組は、とある資産家からの指示で動いていたという。
「第二弾とか来ないように手をまわしてもらって……その辺の処理は奇協にまかせればいいかな。これで、あとはお姫様のほうだけど」
 ヒトガタ、少女の姿をかたどる人形は最悪、ふさわしいものを作り直せばよいという。けれど、そこに彼女の名前はない。
「請け負った以上、そっちの修繕もきちんとしたいところだけどねえ」
 さすがに一朝一夕で少女の名を見つけられるわけはなく。
「でもまあ、何もしないのもどうかと思うからさ。人形のほうは専門職に依頼しておくし……しばらくうちに預からせてもらえれば、その間に名前の件も調べてみるけど」
「……手伝ってもらえるの?」
「修繕、引き受けたからね」
 かつて付けられていたのだろうそれを見つけるにせよ、人形同様にふさわしいものを付けるにせよ、もう少し時間が必要だった。それまでは、と思案して、絡繰屋はひとつの呼び名を提案する。

「ユングフラウ。……とりあえず、それでどうかな」
 乙女の名を戴く氷雪の世界。

 それは、彼女の為に見出された名前というわけでは、なかったけれども。
 けれども、彼女を呼び表すための符号としては、間違いなく至上のものだった。

「――いいわ」
 微笑みひとつ、了承ひとつ。

「よろしくね? 職人さん(マイスター)」
「――いいね、それ」

 それもまた、彼の為に名付けられた符号というわけではなかったけれど。
 それもまた、間違いなく彼を指す呼び名だった。


UP:2020-01-22
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