gottaNi ver 1.1


 少女は、遠い国から来た。特区から特区へと流れ、境界を渡って。

「あの」
 決して声を張り上げたわけではく、けれど、場を支配し耳を傾けさせるだけの強さで、鈴の音が響くように声が通る。

 状況を理解していない絡繰屋と、それにあきれ果てた目を向けている閟誕とが、かけられた声に反応した。
 こたえて向けられた視線に、仄蒼い、影のような靄のような気配だった少女は、すうっと数歩分だけ、絡繰屋から距離をあける。

「あれ?」
 何度かまばたきをして、不思議そうに首をひねった店主。

「……ねえ、ごめんなさい」
 数歩、滑るように移動し、従業員の側へと近寄ってから、少女がそっと問いかけを紡ぐ。
「このひと……この殿方は、本当に人間?」

「……うん?」
「しごくもっともな疑問でスが、これが恐ろしいことに人間でして」
 再び首をひねった店主に、一瞥をくれて、従業員は少女の問いかけを首肯した。
「あれ、それ『もっともな疑問』なのかな」
 やや心外そうに漏らされた呟きには、誰も応じない。
「そう……そうなの……」
「そしてまだ疑いが晴れてなさそう!」
 苦いものを飲み込んだような、納得がいかないような、そんな表情で言葉をこぼした様子に、絡繰屋は三度、首をかしげる。
「これは……私の存在がすごく根本的な次元から疑われてる?」
「まァ……左様でスね。宜(むべ)なるかな的なあれでスね」

 少女は、遠い国から来た。
 その短くはない旅路のなかでも、これほど極めつきに妙な人間は、出会ったことがなかったのだ。

***

「私の依代はふたつ。この『私』を象るためのヒトガタと、『私』を降ろすための……魂が休む仮宿、ね」
 つうっと細い指先が、筐体の木枠をなぞり、すり抜ける。
「見ての通り、ヒトガタがね、なくなってしまったのよ。だから今は、あまり、しっかりと形をとることが難しい。この筐体さえ、触れる事もできないわ」
 つん、と、触れられない指で男女一対の人形たちをはじく仕草。本来なら、ここには少女の姿があったはずなのだ。
 告げて、控えめに嘆息すると、戻した手で自分の衣装をひと撫でした。
「こうして見えるように出てくるのも自由ではないし。私そのものに近い仮宿にさえ、満足に触れられないのだから、人間に触れるなんて出来ないはず、だったのだけれど……」

「……人間、なのよね……?」
 うろんげな目が店主を一瞥し、従業員へ向けられる。
「遺憾ながら。これがまだ、どこぞの血筋とでも由来があればマシだったわけですが。遺憾ながら」
「まだ絡繰屋さんの存在が遺伝子レベルで疑われているし、遺憾の意まで表明されてる」
 絡繰屋の来歴には、色々とおかしな点が多い。しかし、ある程度の神秘には慣れている閟誕から見て、この店主に特殊な能力を付加しているような出自、血統、といった由来がおよそないだろうことは、確実だった。
 れっきとした人間、それも神秘や霊異とは縁のない生まれ……の筈、なのだが。

 それでも、絡繰屋は確かに『奇跡屋』なのである。

「あのね。今、説明をしたでしょう。……普通、私に触れられる人間なんていないのよっ?」
 きん、と澄み渡った呆れ声。
 自身の突拍子もなさを、いまひとつ自覚していない絡繰屋に、少女と、ついでに自律人形も、なんだこいつ的な目をくれている。
 それでもやはり、よく分からないものはよく分からないので、店主はいつも通りに笑って、それからおどけて肩をすくめた。

 絡繰屋は、神霊や霊魂を信じない。それは、存在を認めていないということではなく――生命と魂の『区別がない』ということ。
 ……この場は、絡繰屋の支配する領域だ。
 ゆえに、少女が生身かどうかなど、ここでは大した意味は、ない。
 『器』があるかどうかさえも、ここではさほどの重みは、ない。


UP:2019-05-03
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