アルカディアからカナンへ。〈三極〉たちが再会した未来のひとつ。
***
「……信じない」
嘘だ、夢だ、と。水悠──〈水脈〉アルは、そう言葉を押し出して、茫洋とした瞳のまま泣いた。
待って、待ち続けて。それでも再会は叶わなかった。
何度も期待して絶望して、夢を見て目覚めては独り泣いた。
「待っていて欲しいと、願われた、のに…」
その孤独は、永すぎて。
「もう、待てない。望んでしまう」
〈私たち〉がまた逢える『いつか』など、もう永遠に来ないのではないか。疑念は心を食い荒らした。
〈私たち〉が共にあれない、こんな世界など、私もろともに滅びればいい。……そう願えば、〈私たち〉の約束は終わる。
「願ってしまう。だから、もう、何もいらない。夢も見ない、眠らない。期待もしない、考えない」
終焉を回避するため、ほかのすべてを投げ出して、かろうじて存在を繋いだ、優しすぎる同胞。
約束のためだけに独りで待ち続けた〈水脈〉は、ただそこに『存在するだけ』のものになり果てていた。繰り返し夢見ては泣いた記憶が、待ち望んでいた邂逅を、これもまた偽りの幻影だと否定する。
「うそ、だ。ぜんぶ、ぜんぶ夢で……嘘で。目覚めれば、私はまた独りで」
目覚めてしまえば今度こそ、続く孤独に耐えられない。
伸ばした手から逃げるように身じろいで、細く拒絶の声がこぼれる。
「夢ならもう私は目覚めない。現ならもう此処には何もない」
焦点の合わない目がふと遠くに像を結んで、きつく、強く、閉ざされた。
「……聞こえない、何も。ここには私しかいない……誰も、いない。何も、ない。……呼ばないで。触れないで。私、は……願ってしまう。終わりを。待たなければいけないのに……!」
嘘だ、ともう一度、消え入りそうな、震える声で繰り返し。
力尽きたように、また、沈黙の中へ閉じこもった。
***
いつもより身を丸くし、縮こまって眠る〈水脈〉の姿に、〈大樹〉は内心で首を傾げる。畳んだ腕に隠れるように埋もれた顔を覗けば、目元にうすく水の跡が筋を残していて、ああ、これはもう一方の仕業だな、と確信した。
「起きないアルが悪いんだよ。私は……私たちは、ここにいるのに。約束を果たしたのに。アルがそれを認めないから」
「そうだな。……だが待たせたのはこちらだ。あまりきつく当たってはやるな」
苛立った気配で笑う〈翼鳥〉の頭を撫で、なだめる。焦れて荒れるこの同胞が、狂おしい切望を持て余していることは知っていた。
起きて、孤独から目覚めて。ここにいる自分たちを見て欲しい。……私たちの存在を、認めて、と。
気付いて欲しい。その悲劇はもう幕を下ろしたのだと。
痛みが終わることを望み、共にあることを願う、その想いは強さのぶんだけ苛烈な怒りをも呼ぶ。
ようやく伸ばせた手から逃げられ、存在を夢だと、言葉を嘘だと拒絶され、行き場をなくした手。
「私は嘘なんてつかないのに」
指先を握り込み、ふと俯いて零された細い声に、そっと頷いた。
「……そうだな」
厳密に言えば、この小さな同胞はたびたび、その時の気分で可愛らしい虚偽を口にしてはいたのだが……。
「私たちは常に、冗談では済まないような偽りや裏切りは、しない」
それはもう本能のように、自分たちは相手の限界を見極める。耐えられないほどの傷を、同胞に与えることはない。
だから、また……相手の振る舞いによって、耐えられないほどの傷をつけられることも、決してなかった。
……逆説的に、たぶん自分たちはまだ、決定的には傷ついていないのだ。
これほどに傷つけて、傷ついても。
〈私たち〉は、どこかで全てを赦すだろう。