gottaNi ver 1.1


三月界の火薬庫と名高い天泣王国の、ちょっとだけ昔の人たちの話。

***

 新雪の白が風に靡く。
 邪魔になるだろう長い白髪を、まとめもせず流れるに任せているのは、動く必要などないとの絶対的な自信があるからか。
 気の無い様子で呪を口ずさみ、抜く気配も見せないまま剣の柄に手をかけ、結局は一度も足を動かすことなく、戦いが終わった。
「……存外に脆いね」
「初手で前衛が壊滅したとなれば逃げるでしょう、普通」
 呟きに応じて呆れた言葉を返すのは、砂色の髪を点々と赤黒く汚した少年。
「あぁ、まぁ成人したかどうかという見た目の術士に、五十人超でかかっていって惨敗したとなれば、逃げるかな」
 互いに、相手の所業だけを取り上げ、他人事めいた口調で評価する。

 敵を敗走に追い込んだと認めながらも、どちらの声にも賞賛の色は含まれない。そこには、この程度は出して当然の結果だという無言の裁定があった。

「……で、不肖の弟子は如何です? 父上」
「我ながら始末に負えない子に育てたと思ったね、流石に」
 瞑目して短く吐息を漏らすと、軽く腕を組んで男が笑う。
「紅刃の後継として文句なし。良く出来た息子です」
 今はくすんでいるが、きちんと洗って整えれば細かく金に光る、砂色の髪を無造作に撫で梳いて、天泣特務班の決戦兵器が合格を告げた。

 その後ろから、呆れ返った風情の声。
「この戦果で文句をつける馬鹿なぞいるか。紅刃と組んでまともに動けただけでも上出来だろうに」

「……確かに、巻き込まれて勝手に落伍する連中も多いけどね」
 思い返して父が呟けば、子が不思議そうに瞬いて述べる。
「……まともに動けるなら、この程度の相手にこの程度の結果は出せるでしょう」
 特務でなければ口には出来ないだろう、圧倒的な実力の上に立った述懐。
 答える代わりに肩を竦めた指揮官が、まだ少年の頭に手を置いて笑っている、特務でも指折りの術士へと目を向ければ、相手もまた肩を竦めてみせた。
 この戦果を当然としてみせる技量と精神は、彼らの同類である証左だろう。
「……で、次からどう呼ぶ?」
 脈絡の無い問いかけに、笑いを含んだ声が返る。
「次の仕事から、茜枝の系譜、紅刃の後継は『緋雨』の名で」
「天泣の赤色か」

 悪くない。

 第六十代天泣王・白藍の長子、第一位の王位継承者、魔導師にして医術者、そして最凶との呼び声高い狭義実践派。
 父にして師は天泣王国特務班の常任構成員、それも精鋭揃いと言われる第二班の所属とされるが、この婚姻は嫡子の誕生後すぐに破棄された為、実情は定かでなかった。
 現状では王が持つ唯一の直系卑属であり、万が一があれば間違いなく王位を継ぐ事になるだろう存在だが、その立場にも関わらず、彼が表舞台に姿を見せる機会はほぼ皆無。
 第一子であるため、一応の地位を整えて後継とする手続きも踏んだが、現王にはこの王子を嗣子とするつもりが無いのでは、との声も決して少なくはない。

 噂ばかり先行し、謎の多い、そのご子息のお披露目を――と、性懲りも無く綴られてくる、いくつもの書状を重ねて積み上げ、女は半眼で艶やかに哂う。

「いっそ、噂の通り嗣子にする気はないと返してしまいましょうか?」
 女王の笑みを横目で伺い、気の無い声が問いかけた。
 答えて、彼女もまた気の無い声を返す。
「嘘は気が進まないわ。――私は貴方でも良いのだから」
「無理でしょう、それは。――私は私では困りますから」
 戯れ言のような軽さで応じて、王子は書状の山に手をかざし、母の機嫌を損ねている紙を灰にした。

「まだしも『剣』の子だけであれば、お望みの道も選べはしたでしょうが。『剣』と『刃』……それも紅刃の子では、天泣の真名を刻む切っ先など、具える道理がありませんね」
 赤色で受け継がれる系譜の名を『緋雨』とした彼は、あっさりと継承すべき道を選んでみせる。

「五割で勝つ筈だったのよ? どうしてこういう時に負けるのかしら」
「五割は負ける計算でしょう。どうして勝つ事しか見ないんです?」
「負けた時の事を織り込んでする賭けなんて下らないじゃない」
「……成程?」
 国の行く末が絡むような判断ならともかく、個人的な博打であれば、負けを前提とした策など興醒めか。
 納得した様子の息子を満足そうに見て、女王然とした微笑が言葉を綴った。
「それに、そもそもはあの外道を口説き落とせるかどうかだったのよね。成婚はしたんだから、通して考えれば一勝一敗じゃない?」

 『剣』たる王と『刃』たる特務、どちらに転ぶかを『賭け』と表現した彼女は、子の前で父親を『外道』呼ばわりした挙句、結婚自体も賭けだったと言い切る。

 だが親が親ならば子も子なので、彼は母の発言を負け惜しみと見抜いて笑みを零した。

 私生児だろうと問題にならない天泣にあって、王位になど興味を持たない筈の特務と、婚姻になど夢を見ない筈の国王と、二人が何を間違って正式に夫婦となっていたのかは息子にとっても謎である。
 ただ、王への忠義などありはしない筈の紅刃が、常任として天泣に留まる事を選んだ理由は承知していた。

 『緋雨』の名まで得ておきながら、王子として政務にも関わっている自身については棚上げし、剣と刃の子は親へ微笑を向け、告げる。
「……まぁ、母上も父上も、痛み分けといった所でしょうね」

***

特務の中でも飛びぬけてたっちゅーアレな王子様がいたとか、いないとか、この後にもいるとか、いないとか。


UP:2016-11-17
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