とある統治機構のトップたち、ぶっ壊れ外務官をめぐる『まれによくある』的な一幕。
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その気配も言葉も揺らぐ様子は露ほどもなく、説得など到底無理と見える。
これまでで最も長い沈黙の末、スティブナイトは切り札を出した。
「……ファリエスタ金櫃篇、および禁論集原書」
「……まだ安いな」
応じる声の調子が変わる。心得た風に札を切った側も笑い、答えた。
「これに休暇をつける。どーよ」
「その間に一切の業務が入ってこないなら、乗った」
「よし」
第一段階、クリア。
「で、問題は日数だが」
「ありとあらゆる手を使って、23」
「18」
「いくら何でも長すぎじゃね? ……8日」
「……死ぬか? 16」
「いや、せめて10」
「殺すぞ。15日」
「「……」」
数拍の静寂。
落とし所は明らかで、あとはどちらが口火を切るか。
「……13。異論は?」
「ゴザイマセン。」
「ファリエスタ金櫃篇と禁論集原書に、業務一切なしの休暇13日。いいだろう、乗ってやる」
「ヨロシクオネガイシマス。つー事で、切るぜ?」
「了解」
どちらが上長か分からないやりとりの後、呪法が終わり通話が切れる。
これで、最大の問題は解決した。
大いに安堵した様子で一息ついている皇帝と、威嚇ではなさそうな脅しで休暇をもぎ取っていった外務官との、何ともいえない交渉を見守っていた軍務官が、何ともいえない表情と声音で呟く。
「大陸の一大事が、魔導書2冊ですか……」
「その2冊、どの程度の貴重文献でしたっけ?」
「金櫃篇は確認されている実物が約50、禁論集原書は……おそらく40程度ではないか? どちらも個人所有はほぼ皆無だな」
医務官の問いに答えるのは法術官。
「写本や偽書は多いが、原本となると金櫃篇も禁論集原書も入手は至難の筈だが……」
「聞くな」
疑問を色濃く含んで続けられた鎬の言葉と視線から顔をそらし、スティブナイトが黙秘権の行使を宣言した。
「ドコから持ってきたモノだろーが、それで外務官閣下が動くならOKだろーが」
「足が付かないなら、ですけどねー」
にこやかに医務官が釘を刺す。今まで黙っていた内務官がそれに反応し、声を荒げた。
「そういった問題ではないでしょうっ! ……そもそも、本当に説得することは出来なかったのですか?」
「月読、その『説得』に何十日かけりゃ成功すると思ってんだ。時間が惜しいだろ」
「…………」
「……確かに。金櫃篇と禁論集原書で済めば安いと言えるか」
倫理より実利。割り切りの早い法術官が主君の判断に同調する。それに続いたのは軍務官。
「どちらかと言えば、休暇13日が痛いですね」
嘆息と共に軽くぼやいた。
「彼にそれだけ抜けられるとなると……。もう少し、異種交渉に強い人材を揃えられれば良いんですが」
「可能ならば魔導師も、だろう。……あの技能には今回も頼らざるを得まい」
言葉を加えたのは、法術官。
軍務も法術も、本来であれば外務官との連携は平時の諸調整が多い。有事に際して個人の属人的な技能が必要になるというのは、決して好ましい状態ではなかった。
一同に苦い沈黙が落ち、スティブナイトが誰にともなく問いかける。
「何がヤバイって、向こうはいつ首切られても困らんが、こっちは奴に辞められた瞬間ほぼ死ぬっつー、完全に立場の逆転しくさった関係だろ?」
現状において、地位の上下は全く意味がない。
***
「死ぬか?」と「殺すぞ」はどう見ても本気で殺るつもり。