業務外報告01のアナザー。その頃こちらではこんな感じでした。
***
確認を終えた書類を事務書棚へと戻して、時計を確認する。
そろそろ一息いれる頃合かと、湯を沸かそうとキッチンへ足を向けてから、香籠はポットが使えないことを思い出した。
ブレーカーが落ちると面倒だというので、現在、ほとんどの家電はコンセントから抜かれている。
部屋の電力を根こそぎ要求している原因は、調合に使用している部屋にこもって作業中だ。
しばし口許に指をやって考えたのち、コーヒーケトルを吊り戸棚から取って二人分の水を入れると、コンロにかける。
視界の端に火を捉えつつ、カウンターを回ってリビングへ戻ると、開け放したドアから調合室に目を向けた。
室内では、フローリングの上にブルーシートを広げ、絡繰屋が上機嫌でスパナとドライバーを操っている。
「ヒーターつけたー、回転機構オーケー、湿度管理はー……ミスト載せて。あれ、コレもうスチームオーブンいけない?」
仕様を確認しながらの呟きに、香籠は思わず苦笑して否定の言葉を掛けた。
「いや、オーブンというほどの火力は必要ないがね?」
「あー、そうだね。……火力かあ」
「…………」
何かを思いついた顔での沈黙に、何かを察した風情の沈黙が応じる。
くる、と上半身を部屋のドア方向へ返して、絡繰屋がリビングに声を投げかけた。
「香籠」
「ふむ?」
「これ威嚇射撃用に火力のっけていいかな?」
「……何を相手にする想定でいるんだね、貴方は」
呆れた様子を隠しもせずに問えば、迷い無くぴっとドライバーが天井へ向けられて答えが飛び出す。
「仮想敵とかじゃなくて、絡繰屋的な浪漫だよね」
「やめなさい」
嘆息と共にすかさず拒否権を発動。
生憎、使う当ても無い殺傷能力を『浪漫』の一言で搭載するほど冒険家ではない。
「無理を利かせてもらっている分、多少の遊びには付き合うが、流石にそれは承諾しかねるよ」
「ふーん、そうかー、残念」
逆の手に握ったスパナで軽く肩を叩き、本当に残念そうな顔で、さして残念でもなさそうに呟く。
言うことは大概に無茶苦茶だが、客の要望と自分の趣味なら、要望を取るのが絡繰屋のスタンスだ。
未練がましい空気などは見せず、あっさりと引いて作業に戻る。
「じゃ、それは次回に置いておく」
若干のこだわりを窺わせる言葉に苦笑して、香籠も戯れを込めて少しばかり譲歩した。
「……次回があれば、検討しようか」
そろそろ沸騰する頃かと、意識をコンロへ戻した時、電話が鳴る。
「はい、こちら香料専門店、香籠……」
『――あ、風流だけど』
子機へ手を伸ばし、述べた決まり文句は、軽い名乗りで中断された。
「うん? 貴方か」
表示されていた電話番号は違う相手のものだったはずだが、と思案しつつ、取りかけたメモを放棄して台所へ足を向け、火を止める。
「しばらくだね。在庫の確認なら、こちらから折り返すが……違う? 奇跡屋のほうの用かな?」
問えば、否定と意外な要件を告げられた。
『その事でもないんだけど。ちょっと、これからそっちに行くから、今いる場所を……』
「今なら、個人用の事務所にいるがね?」
『あぁ、丁度いいや』
「また急な話だな……こちらにも都合があるのだがね。ああ、絡繰屋に注文を出した件で……まぁ、貴方ならそう言うだろうが……やれ、仕様がないな」
『あはは、じゃあそっちから言っといてよ』
諦めを滲ませて承諾を返すと、軽やかな笑い声。
「ああ、彼にはこちらで話を通しておこう。万化の予定は空いていたかな? ……ふむ、まぁ数に入れてはおこうか。――イセンシャルも来るのだろうね?」
『うん』
電場番号の主について尋ねた回答は、是。
「分かった。では、また後で」
訪問者を確認した香籠は、今後の算段を立てながら通話を終える。
子機はひとまず戸棚へと退避させ、茶の用意を再開すると、仕事を中断した絡繰屋が問いかけてきた。
「風流がなんだってー?」
「どうも、今からこちらへ来るようだよ。すまないが、いったん引き上げてもらえるかね、絡繰屋」
「うん? 仕事がらみ?」
「いや――どうも、噂好きの豆狸が悪い癖を出したようだ。好奇心が強いのは長所だが、思慮が足りないのが彼の難点だな」
「ああ、イセンシャル」
すぐに状況を把握してのけた絡繰屋が、仕方なさそうに笑う。
「じゃあ、今回は君に任せるから、適当にシメておいてよ。明日にでもまた作業しに来るから、あっちの部屋はそのままにして封鎖しておいてくれるかな」
「ああ、そうしよう。せめて、帰る前に一服していくと良い」
「そうする。あー、残念、参加したいんだけどね」
応じ、心底から残念そうに呟いて、撤収の準備にとりかかった絡繰屋。
「――あのさ、次また来るようだったら、こっちで貰ってっちゃって大丈夫かな?」
続けられたその一言に、香籠は薄く笑んで頷いた。
「――構わない。その時はそちらで好きに処理してくれ」