gottaNi ver 1.1


17.「諦めることが出来るかもしれない」
  そう思った時、初めて見える 世界が広がる

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 窓越しの世界、楽しそうに走る子供、可笑しそうに話し合う大人。

 その光景を見るともなく眺めて、静かに思う。
 彼らに混ざり、一緒に走る事はできないし、多分、彼らに混ざり、一緒に話し合う日はこない。
 それは絶望というよりは希望で、予測などではない事実。

 存在を曲げようとする意思を向けられれば、本能が抗おうと足掻きだす。
 陽の光は容易く肌を焼いて、気侭に歩き回る事など許さない。
 畏れの生んだ迷信は、この身を災厄の元凶として規定していた。

 自分の全てが、生きるには余りにも脆弱で、生かされるには不利だった。

 生きている以上は避けられない、窓の外側に、少しずつ近付いて踏み込んでゆく。
 歓迎されない存在である事は知っていて、否定される事には次第に慣れた。
 投げつけられる嘲りも蔑みも、そう出来ているものだと思えば腹は立たない。
 ただ、やり方を間違わなければ受け入れられる筈だと騒ぐ声が、鬱陶しい。

 彼らに受け入れられる事は、生きていく上でそんなにも重要だろうか。

 思い返してみたならば、微かに受け入れられる日を願っていた記憶がある。
 向けられる目に怯え、否定される事を恐れなかった訳でもない。
 だがそんな祈りに全てを委ねるよりも遥かに、祈る事をやめ全てと自力で戦うほうが良かった。
 かつては確かに存在した祈りを切り捨ててでも、否定を退け死を拒む。
 受け入れられたいとは望まないし、受け入れて欲しいとも求めない。

 代替の利く祈りなど、さっさと捨ててしまえば良い。
 生まれついた世界に固執するから見えないだけで、まだ世界は広がっている。
 此処を失ったとしても、生きる場所など幾らでもある。

 視点を少し変えるだけだ。

「諦める事が出来るかもしれない」

 そう思った時、初めて見える。
 世界が広がる。

***

 まだ幼く、脆弱であった頃の、彼。


UP:2018-08-21
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