gottaNi ver 1.1


「ふわふわしたやつ、とは……」
「ふわふわはほら、ふわふわだよ。軽くて、撃っても手ごたえがなさそうな感じの」
「はァ」
 なんでこの店主、基準が、ほとんどにおいて発砲した時のあれこれなのか。
 軽く上げた両手で、ゴムボールをむにむに押しつぶすようなジェスチャーをし、感覚を説明してくる絡繰屋に、閟誕はうっすい半眼と感想を返す。
 それから、以前に受けた説明を思い起こして、確認をひとつ。
「だいいち、『ここ』で、貴方にその手の仕掛けを踏ませるのは、困難なはずですが」

 奇跡屋、とひとくくりに言っても、有する『奇跡』は多種多様だ。異能、超能力、霊能力、などとも呼ばれる、尋常ならざる現象を引き起こす力……それらのうち、分類不能であったり既存の枠からはじき出されたり、と、疎外されがちな能力を持っていた者たちが、いつからか『奇跡』の名を引っ提げて商売をするようになった。
 異能によって成立する組織の多くが、類似した能力の同業者だけで集まるのに対し、奇協はいわゆる『闇鍋』な集まりなのである。

 絡繰屋というこの奇跡屋は、なかでも異質さが際立っていた。

 怪異とか奇跡とか、そういうのよく分かんない。でもまあ、脳天一発ブチ抜けばだいたい何とかなるでしょ? と、へらりと笑う。規格外の多い奇跡屋にしてもどうかしているタイプだが、これがガチに何とかしてくれるのだから、本当にどうかしている。
 そんな彼の、奇跡屋としての支配下にある領域――店舗やガレージ、それに工房などは、絡繰屋の王国だ。許可なく入り込んで干渉できるものは、そうそう存在しない。

「ただの幻聴ではないように思われますが、外からの干渉はきかないのでしょう?」
「ああ、うん。そうらしいね。でもまぁ、絡繰屋さんそういうのよく分からないしさ」
「まァ……左様でスね?」

 安定のクオリティに、諦め交じりの了承が返される。
 作業のあいまに遭遇した、と言うなら場所は工房で、ならば『王国』の範囲内。何を仕掛けられたにせよ、簡単に効果が通るはずはないのだが、そのあたり本人の自覚が役立たず極まりないので解明が難しい。
 夢に落とされたのか、幻を見せられたのか……それともまた別の方面からの仕掛けだろうか。
 閟誕も、呪術のたぐいに精通しているわけではない。今の段階ではっきりした結論を出すのは、無理があった。

「一応、呪詛返しのひとつくらい、試してみましょうか?」
「絡繰屋さん、そういうのよく分からない」
「あァ……」
 お茶をすすりながらのたまう店主に、そうだったこいつは信心とか持ち合わせてない奴だった、と従業員が遠い目になる。
「閟誕が設置できるなら、てきとうに試してみてくれていいけど」
「店主がこのザマでは、どうも無駄な気がしまス」
「へえ、そういうものかなぁ? ……まあ、それなら放置でいいよ、うん。資材の無駄になるのも勿体ないし」
「……左様でスか」
 場の――『王国』のあるじがこれでは、きちんとした防護を講じたところで『なにこれ、おいしいの?』という認識で台無しになりそうな予感しかない。
「大丈夫、大丈夫、いざとなったら何とかして急所に一発いれるから」
「……左様でスか……」
 それで何とかなると思っている辺り、本当に雑な奇跡屋である。奇跡なんてものを売りにしているくせに、なぜ対応がとりあえず力押しなのか。

 まあ、言っても詮無いツッコミなので、閟誕はおとなしく指示に従った。
 ……たぶん、何かあれば本当に『何とかする』だろう、と達観して。

***

 夜のしじまに、金属をはじく音がぽつぽつ落ちる。
 動き出したオルゴールは、ゆっくりとした調子でぎこちなく曲を奏でてゆく。

 いきなり作動したその音を拾って、閟誕が保管場所へと姿を見せた。

「――何用ですか」
 自律人形の口から、ひやりとした問いかけがこぼれる。

 閟誕の紡ぐ声は通常、独特だ。抑揚のなくなった平らな発音がたまに、一瞬だけ浮かび上がって、ひとつながりの文に節々でノイズが混ざる。
 瞬間的に挟まるだけなら、少し馬鹿にしたような調子の、やる気を投げ捨てた物言いに聞こえる、それ。だがフラットな音がそれだけで言葉をつづると、人形の声からはとたんに温度が抜け落ちていく。

「何用ですか?」

 重ねられた問いに、零下の歌声がふわりと応答した。

「私は、ただ探し物をしているだけなの」

 微笑む姿は品よく可憐。凪いだ室内にゆるく泳ぐ髪や布地は、深々と降る雪のごとく。
 ほっそりとした小さな肩が控えめに揺れて、顔だけが振り返って閟誕を見やる。
 唇と同様、うっすら笑った瞳には、凍てつく氷の冷ややかさと、舌先でとける氷の甘やかさが宿っていた。

「――警告は、したわ」

 音もなくたおやかに身をひねり、無言で佇む人形と向かい合うと、少女は一言それだけ告げて、かき消える。


UP:2018-08-18
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