「……んん?」
一転、やる気になった絡繰屋だが、すぐに何かができるわけでもない。
ひとまずオルゴールは荷受けして保管、ここ最近で似た『発掘品』の出た特区などの情報を集めたり、骨董方面でオルゴールの意匠について意見を求めたり、と無難なところから手を付けて、数日。
「何かありましたか?」
「んー……?」
いつも通り、やる気なく店番に立っていた閟誕が、ふらりと店へ現れた店主に声をかける。それに、いつも以上に気のない返事をして、絡繰屋が首をひねった。
「こっち、何かあった?」
「店でスか? いえ、特に報告すべき事案はありませんが。客の一人すら来てはいませンが」
「だよねえ」
「……それもそれで、多少どうかとは、思いまスが」
「だよねえ」
「…………」
はて、と今度は人形のほうが首をひねる。
店舗の運営について、この店主のやる気が底辺を這っているのはいつものことだが、自分との応答でこうも上の空になるというのはレアケースと言えた。これは、最高級の無駄な仕入れである逸品、『チターク』と愛称をつけられたとある重火器……あれの発送連絡を受けた時と同程度のぼんやりっぷりではなかろうか。
「……ミサイルを増やした、なんてえげつない報告は御免ですが」
「だよねえ」
「ちょっと待って欲しいんですが。もしや本当に買いましたか?」
「ほえ? 何が?」
「…………」
これは、いよいよおかしい。
やる気はなく、ノリは軽く、ほとんどの出来事に対して真剣さがおそろしく足りない、そんな人間が絡繰屋だが、彼にも一応、評価に値する性質がいくつかある。特に、対話においての傾聴能力、きちんと相手の発言を捉えて理解しようとする姿勢には、閟誕もそれなりの高得点をつけていた。
ところが今はこのザマである。
「…………」
過去の類似ケースを検索しつつ、閟誕は更にしばらく沈黙を重ねて……無言になった人形へも反応の薄い様子に、決断を下した。
カウンターに出してあった書類をそっと手に取ると、腕を伸ばして横に振り抜く。
すぱーん、と小気味のいい音を立てて、その紙束は店主の側頭部を揺らしたのだった。
***
「びっくりした」
すとんとカウンターの椅子に腰を下ろして、絡繰屋が呆けた一言をこぼす。
彼の眼前、卓上へと使った書類を戻して、閟誕はひとつ頷いた。
「その一言で済むのもなかなか驚きかと思いますが。まァ、復旧したようで何よりです」
「うん、びっくりした。せめて予告とか警告が必要だったのではと思わなくもない」
「事前通告に関しましては、どうせ頭には届かないかと思いまして」
「ええー、絡繰屋さんだって威嚇射撃が飛んで来たら反応するよ」
「……次から善処いたしまス。口径や弾丸などの希望はありまスか?」
「……空砲にしよう、うん。いや撃たないのが一番だけど」
「善処しましょう」
「うん、よろしく」
ぶっとんだ反論にぶっとんだ返答を交わして、店主と従業員はこの一件を手打ちにする。
「で、何をそんなに呆けていたんでスか?」
「あー」
気付けも兼ねて熱いお茶を淹れ、差し出しながらの質問に、絡繰屋はまた首をひねった。
受け取った湯呑に息を吹きかけながら、少し考え込むような顔で黙り込む。
「……もしもし?」
「起きてる。うん、待とうか閟誕、起きてるから」
念のためにと、再び書類へ手を伸ばす自律人形。そこへ苦笑交じりのストップをかけて、彼はゆっくり問いに答えた。
「なーんか、こう……空耳?白昼夢? ちょっと作業を止めて休むかなあ、とか思ってると、ふわふわしたやつが割り込んでくるんだよね」