「――特区利権でひと山当てた資産家。指定解除候補の特区を視察しに行って失踪、死体で発見。……うわー、真っ黒だよ、これ。怪しいなんてもんじゃないね、これ」
運送屋から依頼主の情報をもらい、身元を洗った結果は、どこからどう見ても間違いない黒さ。
いわゆる『超常現象』『都市伝説』『怪談』といった、原因不明の不可解な事件が多発し、手に負えないと封鎖の指定を受けた地域が『特区』だ――成金が一人消えるくらいは珍しくもない。
真実『特区』の餌食になったにしろ、それを装った『何か』の仕業にしろ、このタイミングでこの死に方は怪しいにもほどがあった。
各所から集めてきたデータを眺めつつ、絡繰屋は資料を整理している閟誕へと問いかける。
「香籠からの回答って、きてたんだっけ?」
「ええ。好きに始末してどうぞ、という様子で知らないと苦笑されましたね?」
返ってきた回答に、何度目かの同じ感想が飛び出した。
「うわあ、真っ黒」
「符牒の流出先はすぐ割れるそうで、そちらは『香籠の責任において適切に処理する』そうでス」
続けて告げられた情報に、馴染みの奇跡屋の、静穏だがカケラほどの慈悲もない、事務的な笑みが脳裏をかすめる。
「オーケイ。絡繰屋さん絶対そっちには触らない」
「賢明な判断かと。もっとも、連絡がついてから日がありますし、既に始末がついているのでは?」
「どうだろう? 関係者まるごと包囲してる最中とかだったから怖いじゃない?」
「うっかり触って巻き込まれるならご自分だけでドウゾ」
「絶対そっちには触らない」
重ねて宣言し、手元に集まった情報の見直し作業へと戻る絡繰屋であった。
「それで? 品物の方は見当が付きそうなんでスか?」
閟誕の問いに、絡繰屋はへらりと笑って肩をすくめる。
「あれねぇ、たぶん特区からの発掘品」
「……はァ、それは、また」
「これまた、まあ真っ黒だよねぇ」
買い取った云々も嘘だろう。気に入ったので、発掘した後、売らずに手許に残しておいた――大方そんな話。
「上下で年代も様式も別物だもん、あれは無いよ、無い。成金相手だって、業者ならもうちょっとまともな組み合わせで売るよ」
絡繰が絡んでいるならば、人形もオルゴールも箱も絡繰屋の領分だ。修繕を掲げている以上、そこそこの骨董知識はある。
ざっと検分してすぐ違和感を覚え、その手の話に詳しい知己、あるいは資料を当たって出した結論が、それだった。
「上はともかく、下のオルゴールは『遺跡』からだね。発掘した時点で上は欠けてたのか、引き揚げの途中で他の発掘品と混ざって、もとの組み合わせが分からなくなったのか……」
特区に取り残された施設を、一部の『業者』は『遺跡』と呼ぶ。荒廃ぶりが酷い場合が多いうえ――かなりの確率でオカルトじみた品物が出るからだ。オーバーテクノロジー、解析不能、オーパーツ、そんなような品々を『発掘品』と通称する。件のオルゴールしかり、閟誕しかり。
「はぁ。まァつまり、こちらの領分という話で?」
発掘品であるところの自律人形が、相も変わらぬ気の抜け方で確認した。
応えて、奇跡屋は口の端だけで笑う。
「そうなるね」
オーバーテクノロジー、解析不能、オーパーツ。そう通称される品々の大半は、別に技術的な何かがあるわけでは、ない。
「絡繰屋としては、やるしかない感じだよねえ、これ」
――要するに、こいつらの大半は『奇跡』なのだ。種も仕掛けも技術的根拠も在りはしない。そのほとんどは再現性すらない。
どうしてそんなものが生まれたのかなど、誰にも分かりなどはしない。
***
ふわり、と。
黄昏時の暮色に、雪のような氷のような、薄く青みを帯びた白が踊る。
「ねえ。……少し、いいかしら?」
どこか遠く、耳とは違う場所で反響して頭の芯へ届いたような声が、歌う。
「探し物が、あるの」
手伝ってくれないかしら、と。
ちいさな唇が甘く冷たく囁いた。