「――いらっしゃいませ」
迷いながらそっと来店したところ、いきなり即死級の先制攻撃で思わず撤退。……そんな出だしから、30分近い葛藤の末に意を決し、男がもう一度その店に踏み込むと、今度は滑らかな声に出迎えられる。
等身大の人形と目があった――先刻はそう感じて反射的に店を出てしまったが、改めて見てみれば、控えめに開けたドアからこわごわと覗き込んだ時に見た、不気味な『人形』は、普通に動いて何かの書類を確認している『人間』だったようだ。
たぶん、落ち着いて様子をうかがえば、そんな妙な早とちりもなかっただろう。縁のない性質の店……はばかることなく言えば、怪しさ極まりない存在、ということになる、未知との遭遇に気を張っていた自分が、少しばかり冷静さを失っていたのだ。
そんな風に、あながち間違いでもなかった初見の印象に常識的な補整をかけ、男は仕切り直しを試みて――書類から顔を上げた、問題の人物と、視線がかち合う。
どこか無個性に感じる、整った顔に、見透かすようなガラスの瞳。
「あ……」
いや、ガラスのようにも見える、澄んだ色の目、だろう。義眼というようにも見えないし、生身に違いない。
否定したばかりの想像を初手からえぐられて、男の口からはえらい間抜けた声が漏れた。
「……何か?」
「あ、いえ」
ゆっくり瞬いたその目から、男は慌てて視線を外す。
応対する人形のほうはというと、まあまあ無難に、いつも通り『この店の主ですがなにか?』的なモード。こういう時の閟誕は、だいたい『細身』で『まだ若い風貌』だが、『落ち着きのある』『丁寧な物腰』の『男性』という設定、もとい役目を持つ。
「先ほどは失礼いたしました、少々、考え事をしておりまして」
うっかりホラーなテイストを醸し出すことになった、出会いの一件を静かに詫びて、軽く一礼。
「その……お邪魔しても?」
「ええ、どうぞごゆっくり。お手にとってみたい品があれば出しますので、お申し付け下さい」
戸惑う気配を隠せずに応じてくる男へ、定型句を返す。
告げて微笑む顔にもう人形の気配はなく、来客は、化かされているような気分を誤魔化すように、店内に目を向けたのだった。
***
ここに、本当に『それ』があるのか。
半信半疑、だが置いている品はどれも悪くない、と考えながら店内の陳列を確認し――隅の棚に、目を止める。
***
「――あの」
「はい?」
「……その、こちら……この、歯車の植物は?」
「ああ……桔梗を模した飾りですね」
大小の歯車、それと様々な種類の精密部品、金属のパーツ、といった余りものの資材をいくつも使い、細かいネジで留めて作られた、一輪挿しの花。
絡繰屋が組み上げた機械の花は、この店のシンボルのような存在だ。
「これは、その……買い手などは?」
その客からの照会に、さてこれは当たりだろうか、と人形はしばし黙考した。
言葉は一貫して歯切れが悪く、何か懸念事項を抱えている確率は高いと思われ……いやまぁ、挙動に過度の緊張が見られる点は、どちらかと言えば自分の初動が原因にも思えるのだが。
はたして店主を呼ぶべきか、否か。検討を開始しながら、表向きは何事もなく、閟誕は男の問い合わせに応じる。
「いえ、そちらは店主が趣味で手掛けたもので、生憎と販売はしておりません」
「あ、そうなのですか……その、他に、同じようなものなどは」
「なにぶん手慰みの一品生産で、量産は。……キキョウを、お尋ねでスか?」
「……あ」
規定の手順に、顕著な反応。4秒と少し。回答は――是。
「――こちらの店でキキョウを尋ねれば、あるいは、と、聞いてきたのです」
「――では、少々お待ちを。店主を呼んで参りますので」
値札のない、売り物ではない、キキョウ。
それを『尋ねて』きた客は、つまり、絡繰屋の――奇協、奇跡屋協会の客だ。