gottaNi ver 1.1


 その店は、寂れた元繁華街の、大通りから外れた路地の、さらにその奥のガレージにあった。
 不格好な機械の部品や、何かの工具、オブジェのような工作機械……そんなものが雑多に詰め込まれた空間の隣に、シンプルなドアと、そこだけすっきりとしたデザインのプレートが、ひとつ。

『機械類修繕業・絡繰屋』

 それが、絡繰屋(からくりや)の構えた店舗である。まあ、店主である彼の領域は主にガレージで、肝心の店内は基本的に、従業員の支配下にあるのだが。

 ガレージの乱雑さとは逆に、店内はガラスケースや戸棚できちんと整頓されている。
 並ぶのは、古めかしいタイプライター、複雑機構の時計、オルゴールなど。確かにどれも機械絡みではあるが、品揃えはむしろ骨董屋を思わせるものが多い。
 精緻な筆跡できちんと値札がついているものもあれば、引き取り待ち、売約済みなどと、乱雑な表記のある品も混ざって置いていた。前者は従業員、後者は店主の手によるものである。言うまでもない。

 開店休業が常の店舗であるからして、店主は工房に引きこもっている場合がほとんどだ。今も、徹夜でネットを渡り歩いては買い叩いた、ろくでもない品々と遊び散らしていた。
 店主不在の時間には、とりあえず店に立っておくのが、従業員である自律人形、閟誕(ひたん)のルーチンになっている。

 とはいえ、さほど閟誕の負担はない。

 受ける仕事と言えば、基本的に他所から回されてくる人伝てのもので、直接の依頼などほとんどないのが『絡繰屋』である。
 表家業を飾り程度にしか考えていないらしい店主の性分か、あるいは積まれた機械が怪しすぎる店の外観か、はたまたどちらも悪いのか――店に『客』が訪れる事はほとんどないのだ。
 従って、主に店番をつとめている人形は、ざっと店内を清掃してしまえば、あとはたいていサスペンド状態になるのだった。

 そんな、いつも通りの昼時に、来客がひとり。

***

「絡繰屋……」
 掲げられた屋号を確認して、男はそっとドアを開けた。

***

 掃除を済ませた後の閟誕は普段、わざわざ動き回る必要もないので、定位置になっているカウンター横でとりあえず待機している。

 昼を少し過ぎたころ、珍しくドアが開かれたので、とりあえずそちらを視認する――と。
「……っ!?」
 中年、あるいは壮年、と称される頃だろう……と推定される年齢の男性が、ひきつった表情でドアを閉めたところだった。

 一瞬のラグを置いてから、うむ、と閟誕は状況を受け入れる。
 ……まァ、そうでスね。
 客観的に思考して、棒立ちで待機していた自分が目だけ動かしてそちらを見て、視線が合えば、まァ、そうなりまスね? ……と。

 けっこうな勢いで閉じられたドア、その衝撃の余韻をうっすら感知しながら、店番の自律人形は、店主のイメージを思い出しつつ、胸の少し前ほどまで上げた手を、わきわきと数度、開閉してみる。
 なるほど。想定にない事態によって、その後の行動が白紙になってしまった時、こういう無意味なタスクをとりあえず挟む、というのはスケジュールの組み直しに有用な無駄仕事である、かもしれない。店主も、よく無駄に謎の動きをしながら呻いたりしている。

「……あー」

 そんな分析を走らせながら、声を漏らし、思考だけで独り言を呟いて――それから対応を放棄する。

 ……まァ、いいでスかね別に。逃げられても。

 多分、いいだろう。
 興味本位の冷やかしなら、逃がしたところで『本業』には影響しないし、その手の客を逃がすなとの指示も、受けていない。
 そして、目的があって訪問した客なら、放っておいても戻ってくる事が予想された。

 絡繰屋のこの店舗は、ただの看板だ。見つけられるように立っていればいいのであって、経営が破綻するレベルで過疎が進んでも、さして困るものはいないだろう。

 数秒ほどで結論に到達して、閟誕は心中で大きく頷いた。

 オーケイ。放っておこう。何一つとして問題はない。

 ただ一応、相手が戻ってきた時を想定してはおく。それらしく……つまり程々に生きているっぽい感じで、人間的に動いているほうが良いだろう、という計算だ。
 いったん店外に出て看板が出ているか確認、後、店内へ戻り、店主が放り出してある納品予定のスケジュール表を広げ、眺めておく。

 ……約23分と18秒して、再度ドアが開かれた。


UP:2018-08-04
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