その店は、寂れた元繁華街の、大通りから外れた路地の、さらにその奥のガレージにあった。
不格好な機械の部品や、何かの工具、オブジェのような工作機械……そんなものが雑多に詰め込まれた空間の隣に、シンプルなドアと、そこだけすっきりとしたデザインのプレートが、ひとつ。
『機械類修繕業・絡繰屋』
それが、絡繰屋(からくりや)の構えた店舗である。まあ、店主である彼の領域は主にガレージで、肝心の店内は基本的に、従業員の支配下にあるのだが。
ガレージの乱雑さとは逆に、店内はガラスケースや戸棚できちんと整頓されている。
並ぶのは、古めかしいタイプライター、複雑機構の時計、オルゴールなど。確かにどれも機械絡みではあるが、品揃えはむしろ骨董屋を思わせるものが多い。
精緻な筆跡できちんと値札がついているものもあれば、引き取り待ち、売約済みなどと、乱雑な表記のある品も混ざって置いていた。前者は従業員、後者は店主の手によるものである。言うまでもない。
開店休業が常の店舗であるからして、店主は工房に引きこもっている場合がほとんどだ。今も、徹夜でネットを渡り歩いては買い叩いた、ろくでもない品々と遊び散らしていた。
店主不在の時間には、とりあえず店に立っておくのが、従業員である自律人形、閟誕(ひたん)のルーチンになっている。
とはいえ、さほど閟誕の負担はない。
受ける仕事と言えば、基本的に他所から回されてくる人伝てのもので、直接の依頼などほとんどないのが『絡繰屋』である。
表家業を飾り程度にしか考えていないらしい店主の性分か、あるいは積まれた機械が怪しすぎる店の外観か、はたまたどちらも悪いのか――店に『客』が訪れる事はほとんどないのだ。
従って、主に店番をつとめている人形は、ざっと店内を清掃してしまえば、あとはたいていサスペンド状態になるのだった。
そんな、いつも通りの昼時に、来客がひとり。
***
「絡繰屋……」
掲げられた屋号を確認して、男はそっとドアを開けた。
***
掃除を済ませた後の閟誕は普段、わざわざ動き回る必要もないので、定位置になっているカウンター横でとりあえず待機している。
昼を少し過ぎたころ、珍しくドアが開かれたので、とりあえずそちらを視認する――と。
「……っ!?」
中年、あるいは壮年、と称される頃だろう……と推定される年齢の男性が、ひきつった表情でドアを閉めたところだった。
一瞬のラグを置いてから、うむ、と閟誕は状況を受け入れる。
……まァ、そうでスね。
客観的に思考して、棒立ちで待機していた自分が目だけ動かしてそちらを見て、視線が合えば、まァ、そうなりまスね? ……と。
けっこうな勢いで閉じられたドア、その衝撃の余韻をうっすら感知しながら、店番の自律人形は、店主のイメージを思い出しつつ、胸の少し前ほどまで上げた手を、わきわきと数度、開閉してみる。
なるほど。想定にない事態によって、その後の行動が白紙になってしまった時、こういう無意味なタスクをとりあえず挟む、というのはスケジュールの組み直しに有用な無駄仕事である、かもしれない。店主も、よく無駄に謎の動きをしながら呻いたりしている。
「……あー」
そんな分析を走らせながら、声を漏らし、思考だけで独り言を呟いて――それから対応を放棄する。
……まァ、いいでスかね別に。逃げられても。
多分、いいだろう。
興味本位の冷やかしなら、逃がしたところで『本業』には影響しないし、その手の客を逃がすなとの指示も、受けていない。
そして、目的があって訪問した客なら、放っておいても戻ってくる事が予想された。
絡繰屋のこの店舗は、ただの看板だ。見つけられるように立っていればいいのであって、経営が破綻するレベルで過疎が進んでも、さして困るものはいないだろう。
数秒ほどで結論に到達して、閟誕は心中で大きく頷いた。
オーケイ。放っておこう。何一つとして問題はない。
ただ一応、相手が戻ってきた時を想定してはおく。それらしく……つまり程々に生きているっぽい感じで、人間的に動いているほうが良いだろう、という計算だ。
いったん店外に出て看板が出ているか確認、後、店内へ戻り、店主が放り出してある納品予定のスケジュール表を広げ、眺めておく。
……約23分と18秒して、再度ドアが開かれた。