<お題>
ベガの祝福をうけた旅人。橄欖石の痣を持つ。舞台を飾るため、空の果ての色を求めて旅をする。プレセペに縁の深い旅人とは幼馴染。
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旅人が享けた祝福はベガ、オルフェウスの琴を飾る輝かしき星から。舞台演出を生業としてきたそうだ。
「ま、生来の旅人のようなものだったけどね、呼ばれれば東西南北どこへでも」
芝居がかった調子で語って、片目を閉じる。
「舞台と言っても様々だが……大衆演劇が多いね。娯楽は人生に潤いをもたらす絶好の潤滑油さ。四角四面な日々など続けていたら心が錆びてしまう」
恋物語、冒険譚、時には風刺や歌劇も手掛けてきた。いくつもの舞台を作り上げ、幕引きを見送って、その末に舞い込んだひとつの依頼が、旅人を、途方もない旅へと誘うこととなる。
今宵一夜の語り手は、口上を述べるように、軽く咳払いをして両腕を広げた。手首から甲へ、橄欖石の痣がアラベスクを思わせる文様を描いている。
一連の動作を飾り、引き立てて、橄欖――オリーブに例えられる、明るく鮮やかな黄緑色が灯火に輝いた。
旅人は、とある色を探して、旅を始めたのだという。
「空、だよ」
遥か高みへと地の喝采を届けるために。
遠く、遠く、全てを等しく睥睨し威容を誇る、星々の褥を、舞台に描くため。
「どうしても『空の果ての色』で、飾りたい舞台があってねぇ」
晴れ渡った青、暮れる茜、あるいはすべてが眠る黒。黎明の紫紺、宵闇の藍色、あるいはすべてを染める白。
「さぁて、さて? 好みで言えば、暁闇を染め上げる朝日の色などは胸躍るが……こればかりは儘ならぬものさ」
求める色が何かも知らず、しかし見つければ判る、と不敵に笑った。
「矮小な人の心なぞ、真の芸術、感動と歓喜、忘我の衝撃の前には無力なのだからね。相応しきものには相応しい力が潜んでいる、出逢えばたちまち牙をむき、我々の心を虜にする力が。そうして思い知るわけだ……ああ、これが求めた色だったと!」
捕らわれる瞬間を心待ちにし――まるで恋い焦がれる舞台上の恋人役のように、旅人は、星が目覚め始めた夜天へ言葉を放つ。
「……っと、失礼」
はたと気付いた顔で詫び、持ち込んだ酒を一口。
「興が乗るとこの調子で……古馴染みにもよく注意されるのだが、いやいや、ついね」
杯の中、小さく気泡を弾けさせる果実酒の水面に夜空を映し、今度は穏やかな苦笑を浮かべた。
「やかましい、演出なぞやっていないで役者になれと、何度もうんざりと言われていてね。……どこかでプレセペに縁の旅人と語らうことがあれば、あるいはその旅人やもしれないな」
星々が輝く、ひとつ空の下。
地には無数の旅路が描かれ、続いてゆく。
***
ちょっと見返してみたけど、痣、多くない?