<お題>
アンタレスの祝福をうけた旅人。雲母の髪を持つ。果たされる事のない約束のため、盲目の絵描きを求めて旅をする。レグルスに縁の深い旅人の旅路を導く。
***
蠍の心臓に灯った赤い火、アンタレス。旅人にはその祝福があるという。夜を迎えて吊るしたばかりの灯火に、白と金の、雲母の髪――薄い層を幾重にも繊細に連ねた、精緻な輝きがよく映えていた。
「絵描き……盲目の絵描きを、求めている」
……色、光、移ろい瞬く数多の景色。己の眼(まなこ)では見ることはかなわない、世界の姿。
決して捉えることはできないであろうそれを、絵筆で掬い上げ写し取る絵描き、そんな探し物をしているという。
描かれる絵は、何を映し出したものになるのか。
旅人は何を求め、その絵描きを探すのか。
問い掛けた、いつもの言葉には、静かな――水面にそっと葉を浮かべるような、繊細で穏やかな、淡い返答。
「約束、が――」
続いたであろう言葉は、梢を激しく揺らした疾風に飲み込まれた。
強く響いた葉擦れの喧騒に、自然、会話は途切れ、しばし穏やかな沈黙が寄り添う。
「果たされずとも、構わない」
ふ、と旅人は手の内の杯へと視線を落とし、続く独白をそうっと夜の中へ放って、微かに笑みを見せた。
「この約束が果たされるのか、この願いが叶うのか。それらの結果は些細なことで……ただ、約束があるだけで充分なのだから」
見上げた空には星々の光。おそらく果たされることはないであろう約束は、交わしたという事実だけでもって、旅人の光となったのだろうか。それとも、果たされない……終わらない、ということが、救いなのか。
どちらからともなく仰いだ空に星は遠く、夜明けはさらにまだ遠く。
けれど、いかなる遠さであれ、旅人たちにとって遠すぎるということはない。
ともすれば虚しさだけが募りかねない道行きに、祝福の星がひとつ赤々と、温もりを差し出すように輝いている。
「レグルスがよく見えるから、今夜はきっと良い夜になる」
そう微笑んで天幕から去った旅人は、交わしたという約束を杖として、遠く、どこまでも、己の旅路を往くだろう。