10.いっそ泣こうか。 泣いて全部
忘れてしまおうか 許されぬまま
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世界はどこまでも蒼かった。傍らの半身はただ紅く、そして鮮やかだった。
自分たちだけが絶対の存在でなければいけないとでも思ったのか、それとも目の曇り切った頑迷な誰かに騙されでもしたのか、善良ではないにしろ概ね無害ではあった彼らは、ある時から明らかな脅威になった。
化け物と叫びながら石を投げる自分たちが、どれだけ醜悪に見えるかなんて気付く事はないのだろうと絶望するまで、それでも随分と長い時間がかかったのは、隣にいた対の羽がずっと彼らを信じて笑っていたからだ。
その頃はまだ、生きていればこういう事もあるだろう、彼らより長い時を往く我々には終息を待つだけの時間があるから、今は新たな平穏への過渡期とでも思えばいいと苦笑していられた。
いつまでも共にあれるのだと、信じていられた。
片側だけの翼が薄闇に舞って、生まれてから死ぬまで同じ道を往くものだった身体が崩れ落ちて、どこまでも蒼い世界の中、鮮やかな紅い色が広がる。
対として共にあれと定められた生まれの摂理を、禁忌で塗り替える。
事切れる前にその生命を引き継いで、それで想いを繋げてゆこうと願っていた。
翔ぶための力を失って倒れた片割れは、最期まで笑って彼らを信じると言い切り、呟く。
忘れないよ。
我々が、それでも彼らを、世界を信じている事を。いまひとつの羽が見失ってしまっても、この翼がずっと覚えておくよ。
だからただ、比翼であった事実だけを忘れずにいてくれればいい。
繋いだ想いは対になった羽がまだしっかりと覚えていて、それがあるから泣く気はしない。今もまだ共にあると解っている。
だけど世界はどこまでも蒼く透明で、隣に寄り添う空白はいつまでも馴染まない。
背中の翼がかつては片方だけにあって、もう一方の翼は半身が持っていた事実を忘れてしまえば、きっと蒼さにも空白にも慣れる事ができる。
それでもこの翼より誇らしく愛おしいものなどないし、忘れてしまう事は許されていない。
ふたりで決めた、信じる為に犯した罪を貶めようとは思わない。
ただ時々、どうしようもなく誰かが共にいた事実を忘れてしまいたくなる。
いっそ泣こうか。
泣いて全部、忘れてしまおうか。
許されぬまま。