天と祈りと
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天泣王国、ノルン。高度な自治権のもと、さまざまな種族を受け入れ、集まった力と情報、富とを武器として内外に名を知られたその地区は、居住区の一部を詳細不明の事故により焼失した。立ち直りは早く、すでに原因の解明と復興が進められてはいるが、しばしノルン地区と天泣王国の影響力が落ちるであろうことは確実視されている。
ほぼ同時期に、隣国である鬼見城帝国において、皇都から天泣へと派遣されていたはずの軍が鬼見城帝を拘束した、との真偽不明な噂が流れ出しており、ノルンの一件に帝国の関与があったことも疑われている。
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「噂でとどめるほかないね。認めれば深刻な国際問題になり、また皇都……大統府の大陸統制にも傷がつく」
「それはいい。こちらとて鬼見城帝の首が欲しいわけでもないだろう」
「落とし前としては要求したいところではあるが、もらって何かに使えるわけでもない。廃位が妥当、異論はないよ」
「……問題は、その後継の件だが……」
「構わない」
即答して、天泣の実権を握るその兄は、微笑んだ。
「テンロウには自分の生き方を決める権利があり、あの子にはもう選んだ道を進むだけの力がある」
「テンロウが、婚姻に……鬼見城の後継となることに、同意したとしてもか」
問いかけた自分の声は揺れこそしなかったが、はたして、内心のゆらぎは覆えていただろうか。
「構わない」
同じ答えを返し、そうして、変わらず笑う。
「勝てない相手ではないからね」
……最悪の展開をすでに想定し、肯定している、その言葉にゆらぎは感じられなかった。
かなうものなら、止めてほしい、と。
傍に立ち支えとなることを選択した身でありながら、祈ってしまう。
どうかこの兄が、親友が、その身を、もう愛するものの血で濡らすことなどないままであって欲しい。
言葉にすることは、許されないとしても。
祈りは、たしかにここに在ったのだ。