その一報が届いた時、真先に訪れたのは静寂だった――馬鹿は増長させるのがえっちゃんです。
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その一報が届いた時、真先に訪れたのは静寂だった。
今ひとつ話が呑み込めない風情の顔、呆れたものか嘆いたものか迷う顔、心持ち面を伏せて何やら考え込んだ顔、と各々がそれぞれに沈黙した後、呆れる方を選んだ閨の月が口を開く。
「得鳥羽月を名乗る鬼が、皇鬼たる霜月の君たっての願いであると告げ、深呪の森へ入って行ったと。話の筋はそれに相違ありませんか」
「相違ないです。まあ実際は名乗りが得鳥羽月で、森へ入る由について、誰の求めにだけ応じるかなど明らかだろう、と述べたのでそういう結論に落ち着いたという所らしいですが」
内容に反しどこか和やかさを感じる声で答えた青葉闇が、困った表情で笑った。
「……で、この上なく厄介な知らせがその噂と一緒に届いた訳でして」
夜の間に影を渡らせて声を寄越したのは赤土の占屋。始末に困る卦が出たと言って伝えてきたのが、件の噂と占いの結果である。
「何でもですねー、これがまた間の悪い事に、常の如く行方知れずの皇鬼が、朔の密葬を執り行うのが数日中になるだろうと。そんな卦だそうです」
神気を溜めてあった社が壊れ、激流となる筈だった溢れ出す神気に対し、その力を以って消失をと彼の皇鬼へ請願がいったのは覚えのある話。
珍しく願いを聞き入れた理不知が神気を打ち消し、社のあった地に敷いた結界は今も力を保っていた。
いずれまた神気が満ちるのを待って解かれる手筈の、その結界の様子を確かめ、必要とあれば力を調整する作業が朔の密葬と呼ばれている。
朔の密葬を必要とする地は、奇しくも深呪の森に程近い。
「……つまり」
話を掴み始めてきた弥涼暮月が言葉を紡ぎ、呻いた。
「じきに、彼の鬼に件の噂が聞こえる筈、という事なのか……?」
「ええ、まあ朔の密葬までには間違いなくお耳に入るかと思います」
しかも問題の発端がすぐそばにある状況で、だ。
並ぶ者は幾許かあれど、越える者は凡そ居ないと評される程の鬼、それが自らの名を騙る存在を知ったなら、怒りは尋常でないだろう。
「……よもや、森を荒らす様な話にはならないだろうな……」
名の詐称は許し難い行いだが、あの地で暴れられるのは拙い。
綜鬼皇として彼の皇鬼を制止しなければならないのか、と事態の重さを憂慮する幼鬼へ、落ち着いた声が予想を告げる。
「流れている噂がいま聞いたものだけであれば、そちらの憂いは考えずにいて良いでしょう」
当代の皇鬼に聞かせる為というより、自らの思索を助ける為に、露隠葉月は語りながら眉を顰めた。
「噂を耳にしただけであれば、病みたる皇鬼が激する事などまず無い筈。但し、我々としては極めて面倒な話になりますね」
「ぶっちゃけた話、その場でお怒りになって下さったほうが有難いかと」
「あれでいて我を忘れる事は無いお方ですから、激しても巧く動きますし」
青葉闇と閨の月が同調して頷き、未だ読みの甘い鬼へ目を向ける。
口火を切ったのは、皇鬼たるに充分な力と性情を残している儡鬼。
「騙られた得鳥羽月の名を、あのお方は自らの魂に結び付けてはいませんので、矜持に傷が付く道理はありません」
表向き自らの名前として呼ばせてはいるが、所詮は他の呼び名と同じ、他者が勝手に付け好きに呼ぶもの。従って、詐称を非礼であると思いはしても屈辱であるとは考えない。
「参った事に、我が君ときましたらその類いの馬鹿へこの上ないご寵愛を見せますしねえ」
元来が神格である為に鬼の禁忌をさして気にしない儡鬼が続けた。
「周りの騒ぎなぞどこ吹く風、愚行を煽った挙句に放置して、いよいよ有頂天になったら上機嫌で叩き落す訳ですよ、それはもー、実に容赦なく鮮やかに」
「……当然、そうなる迄、手出しは許されない訳です、誰であれ」
「今回は間違いなくそうなるでしょう」
閨の月と露隠葉月が説明を足し、青葉闇が話を落とす。
「ご当人まで話が辿り着いたが最後、最悪の所まで事態が進むのを黙って見ているしかないんですよねえ、こっちは」
「……」
頭は理解を拒みたがっているのだが、耳は確りと話を捉えていた。
この場には居ない、何くれと助言を口にしてくれる障鬼へ心中で縋りつつ、現状を把握した弥涼暮月は吐息を零す。
「……この先、噂がどう転がろうと誰にも手出しを許さず、見守れ、と?」
「あー、寧ろ見ないほうが良いですよ、こうなった時は」
笑みを消し、青葉闇が断言した。
「気に懸かるのはご尤もなんですが、見ざる聞かざるでいたほうが平和です。うっかり見えると暴れようにも暴れられないんで、ひたすら鬱憤が溜まるんですよねー」
淡々とした口調は過去にあったのだろう同様の悲劇を感じさせる。
誰が何を言った訳でもないが、各自の脳裡には同じ名前が浮かんでいた。
理不知を怒鳴りつけ張り倒せる唯一の鬼が、一同の合意と応援を受けつつ、悪びれない知己を詰って喝采を博するのはひと月ほど後の事になる。
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ま、怒られたって知ったこっちゃないのがえっちゃんですけどもね。