香散見草
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女は、長らく仕えるべき主君を見いだせずに生きてきた。生きるに当たって必ずしも、あるじが要るというわけではなかったが、家にも属さず、かといって、鬼の理、同胞の掟に背き離れるわけでもなく、独りでいる…というのは、鬼としては異端であったし、女自身、物足りない心持ちもある。
生まれた家は疾うに疎遠になっていたし、家に縛られる、というのはあまり性に合わなかった。さて、どこかに大きな家は構えず、ささやかな暮らしぶりの大君はおらぬものか、などと思案しつつ暮らすこと幾星霜。
うっかり、本当にうっかり、女が死にかけたのは、そんな長閑な放浪にもいくらか飽いてきた頃のことだった。その先で、彼女は唯一無二の主君と定める鬼に出会う。
月魄の最も美しい精髄だけで織り上げたような麗姿、およそ越える者などおるまいと思われる力。理の外にあってなお皇鬼の冠を戴く、離鬼に。
死にかけの障鬼を気紛れに拾い、承諾もなく血から力を押し込んで、結果的に女の命を救った、その離鬼に、彼女は迷いなく膝を折った。離鬼は理の外に在るもの、配下など持たぬと知ってなお、道具で構わぬと、その足許に額付いた。
――それが香散見草と得鳥羽月の関係である。