33.見えない世界、見える表情、消える言葉
憎しみの沈殿したこの世の、なんと美しいことか
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世の中は結局、騙し合いと見て見ぬ振りで出来ているに違いない。
真実など、きっと誰にも見えていないのだ。
実際は全く当たってなどいないのに、見透かされた振りをする。分かり合える可能性が限りなくゼロに近いと確信していて、それでも現実から目を逸らす。
貴方に私の何が分かるのか、と、よくフィクションで聞く台詞は知らない事にする。
そんな真実を白日の下に晒したところで、誰も救われはしないのだ。
このままいつか終わるまで、理解し合えていると誤解しあっていればいい。
「吐いただろう」
「オフレコにしといて下さい。放課後までには誤魔化しておきますから」
痛む内臓に薬と水分を流し込んで、ミントガムの封を破りながら平然と応じる。慣れてきた会話だ。
この歳で神経性胃炎を患うというのはどうなのか。
そういえば、数日前には風邪を引いていた気もする。
「粥か雑炊でも作ってやるから、とりあえず今夜はうちにこい」
「あー、そうですね。断ると通報されそうですし」
「救急にな」
「あと保健室とか」
「ああ、それはもう済んだ」
「……えーっと、お気遣いに感謝したほうが?」
判断の的確さと行動の早さに改めて脱帽しつつ問いかければ、肩をすくめて常識はずれの回答。
「いい。恨まれるならともかく、感謝される道理がない。完全オフレコが希望なんだろうが」
その通りだったから、こちらも肩をすくめて笑ってみせた。
部活のミーティングを何とか消化して、用意された食事も何とか胃に入れる。
部屋の主はさっさと寝室に移動していて、居間にいる客人からでは何をしているのか分からないが、眠っていない事だけは暗黙の了解事項だった。
こういう面倒な相手がいる時に、眠りこけるような性格はしていない。
着信を知らせる振動。発信者を確認して、携帯が沈黙してから電源を切る。
この視界にどんな世界が広がっているのか、ディスプレイに現れた名前の持ち主には決して分からないだろう。
けれどきっと、あのいつもの、何もかもを理解しているような顔をしているに違いない。
返事をしたい気分ではなかった。
手の中の機械を投げ遣りに鞄へ突っ込んで、嘲笑う。
「……愛してますよ? それはもう、血反吐が出ても切り捨てられないくらいに、心から」
割合に寝心地のいいソファベッドに意識を預けて微睡みながら、どこかで覚えたフレーズを思い出した。
この状況にはおあつらえ向きだと小さく笑う。
嘲って憎んでそれでも愛して、捨ててしまうよりは嘘を重ねていく事を選んで。
自分自身さえ騙すように、その一節を唱えて眠る。
『見えない世界、見える表情、消える言葉
憎しみの沈殿したこの世の、なんと美しいことか。』
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宮良慧。実家との関係をいろいろこじらせている……。