2015年の正月 >> 絡繰屋
あと数名ほど書き足そうかなあ、と思っていたものの、そのままにしてしまったやつです……
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遠く響く鐘の音。
知っているより低く重厚なその音を何とか聞き届け、ぽつりと絡繰屋が呟く。
「さ……さむい」
「……昨日との気温差はセ氏2度以内と思われまスが。ちなみに2日前の晩は今より5度ほど気温が低下していましたが、貴方それはもうイイ笑顔で屋外にいましたよ」
「それはそれ、これはこれだね」
「何がでスか」
「性能実験中と徹夜明けじゃ条件が全然ちがうって話。いいよね、新機能搭載! 絡繰屋的に浪漫あふれる語感!」
これまたイイ笑顔で言い切って、店主はばたりと床に崩れ落ちた。
「……うっわ、さっむ、床さむ、つめた……」
「見たトコロ床のほうが温度が低いようでスので。まぁそうやって接地面積を増やせば冷えるのは自明かと」
「ああ、うん、そうだよねぇ……でも眠いから寝たい」
「死にまスよ貴方」
「ええー……あぁでもいいよ別にー……ほら絡繰屋さん今を大事にしていくスタイルだからー……」
「今まさに死にかかっているように見えまスが」
「数十分後の生き死により、十秒後の安眠だよねえ……」
とろとろと寝言を垂れ流す主を軽く爪先でつつくが、反応はしごく薄い。
さてどうしたものか、と思考しているうちに、本格的に反応がなくなってきた。
「……もしもーし」
「…………ぐー」
「あらお人形さん、職人さん(マイスター)はどうしたの?」
「あァ……死にました」
「あら」
ほそい指先を頬に当て、少女がふっと吐息を風に乗せる。うす青い雪のような髪がなびいて、ふわりと明け方の空に泳いだ。
「彼、寒さには弱かったのかしら?」
「そのようでス」
「困ったわ、折角だから初詣っていうのもエスコートして欲しかったのに……」
「除夜の鐘で脱落したレベルの軟弱者にそれは無理かと」
「遠くから少し見てみるだけで良かったの。駄目かしら……さっきは元気そうだったのに、どうしたのかしら?」
「アレですね、年越しそばで補給した温度とエネルギーが枯渇した的な」
「残念。意外に弱いのねぇ……紳士じゃないわ」
「機械バカでスよ?」
「……そうね。そうだったわ」
とりあえず、店先に転がしておくのも色々とまずいので、引きずって店内へと放り込む。
「……あ、ちょっとあったかい」
「それはまァ、ガレージよりは遥かにマシでしょうとも」
「あー……店員がいてよかったね絡繰屋さんてば。なんか死なずに済みそう……ありがとう今年もよろしくー」
「……はァ」
ぼへー、と半開きの目と口で言われましても。
「んー」
いくらか温まって復活したのか、もそりと匍匐前進で寝室へ這い出す絡繰屋。
「……あんまりだわ職人さん、新年からなんてだらしのなさ」
「あ、お姫様もコトヨロー」
「しかも挨拶まで適当!」
「あれー、違うんだっけー……? ヨロコト? ヨトロフ?」
「……分かったわ職人さん、寝てちょうだい、そのお話は起きてからにしましょう」
「あー、うん、そうしてくれると助かるかもー……生きてたらその辺の散歩するからさ」
「条件がおかしいわ!」
「いえ、割合にいつもの条件でスよ」
「そもそも感覚がおかしいわ!」
「左様でスね」
「そうだねー」
「……おやすみなさい、職人さん」
呆れ果てた風情でこめかみを押さえ、それでもどこか品よくため息を吐く少女に、彼はふわりと笑いかける。
「Frohes Neues Jahr. Jungfrau」
「――Frohes Neues Jahr. Meister」
歌うような返礼は、あたたかな空気に溶けていった。