三月界より、ルナ(月華翼)
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その子供はある時に無から生まれた。魔力、と呼ばれる力が、歳月を経て形を得たのだ。ぼんやりと世界を眺めていたのは、どれほどの間だったろうか。長い揺籃の時代の後に、魔晶、と呼ばれる種族として存在を確かにした日、その瞳には漆黒が宿っていた。
髪は白刃のような灰銀色。本来その色に付随するのは、雪白の青、淡い碧眼のはずだった。それは世界が定め、世界の中に在るものたちが「揺るがない法則である」と認め、ほぼ強制的に顕れる、契約のような、認識の枷。
生まれながらに枷を破るほどの、底知れない力を携えて、その子供は、顕現した。銀の髪に黒の瞳、有り得ざる幻想の魔物として。
その頃はまだ、正しく『子供』であったその『魔』は、ほどなく己の異端について知る。同族からの、度重なる排撃の解が、その瞳に象徴される、天与の力への恐れと、枷の存在を揺るがす事実への嫌悪らしい、と。
そうして、子供はいつしか、銀魔、と呼ばれるようになった。排撃に倦んで、散々に暴れたうえ、開き直り居直った挙げ句に、愉快犯じみた性質を確定させた末のことである。
その核にあるのは、とある契約を刻んだひとつの名だ。何人にも捕らえること能わぬものを意味する、古い慣用句。月に住むという幻想の存在がまとう羽、LunaRifElRoovice.……すなわち、なにものからも『自由』であれ、という、呪いと祝福が、銀魔、いまはルナと名乗るそれを、それとして定義している。